『大日本史料』 4編 9 建永元年5月~承元2年2月 p.615

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給フ、, 山南院の維範、越後の弘智法印等、皆そのたぐひな〓〓き歟, しと、其趣相似たり、和漢域異といへ共、密教の靈感尤童うとふへし、されは, 千臂經には、若人命終に定印を結ものは、既に菩薩の初地に入とゝき、南山, めして、願は末世の人の利盆をかうふる〓き一事を見玉はんとの玉ひ〓, 太祖皇帝、龍門の廣化寺に幸して、四祖善無畏三藏の全身舍利を拜し給ひ, らに壞することれく、定印に住して廟室に儼然たり、上皇其事を聞しめし, 舍利の〓し、君臣大に驚歎し給へり、其舍利今猶彼院にあり、おもふに宋の, て、廟門を開かせて御覽あり〓るに、叡聞に違さりけれは、不思議におほし, るとき、琳賢の一眼忽に拔落たり、これを御覽するに、光明温潤にして宛佛, の感通傳には、佛の玉はく、若修定の人行直の者をは、これを印じ之、彼が滅, 上皇。慈圓ヲシテ吉水熾盛光堂ニ大熾盛光。法ヲ修セシメ、之ヲ永例トシ, 後の屍をして、壤せさらしめんとの玉ふといへり、琳賢の所證察すへし、當, 賢き久安六年に遷化ありしか、今に至て既に五十年を經といへ共、全身, 〔阿娑縛抄〕, 建永二年三月廿二日、於熾盛光堂被修之、可, 三十三末, 熾盛光法日記集, 承元元年三月二十二日, 六一五

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