『大日本史料』 4編 11 建暦元年1月~2年11月 p.479

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けり、當時知恩院といへるこれなり、, せんものには、この蓮花一莖をあたふへし、これ往生人のかずにいるべき, いふをきゝて信心おこり、身の毛いよたち、あせながると見る、又一人の女, れるに、地景といひ、廟堂といひ、事の儀すこしも夢にたがはざりけれは、信, 四條堀河に、材木を賣買して世をわたるものありけり、その名を堀河の太, 心あさからずして、このよしを披露するに、まことをいたしあゆみをはこ, る、別當入道惟方卿の娘, 人、同三月十四日の夜の夢に、上人の廟堂にまいりたれは、庭に色々の蓮花, あり、一人の僧ありて、いまだひらけざる蓮花一莖をあたへて、この地に詣, に御正躰まします、傍なる人その御正躰をさして、これこそ法然上人よと, をうくと思ひて、ゆめさめぬ、この夢におどろきて、かの墳墓にたづねまい, の夜の夢に、上人の墳墓にまいりたれは、八幡の寶殿なり、御戸をあけたる, ぶもの、忌月をむかへて貴賤いちをなし、七日をまちて上下そでをつらね, しるしなり、この事あまねく人にしめすべしとの給ふ、掌をあはせてこれ, 僧同月九日の夜の夢に、夜叉神等群集してこの地をひき、石をたゝむと見, 粟田口の禪尼、上人往生の後二月十三日, 孫云, 或説, 或説には, 知恩院, 堀河太郎, 入道廟堂, 建暦二年正月二十五日, 四七九

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  • 知恩院
  • 堀河太郎
  • 入道廟堂

  • 建暦二年正月二十五日

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  • 四七九

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  • 358,664,57,1087けり、當時知恩院といへるこれなり、
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