『大日本史料』 4編 11 建暦元年1月~2年11月 p.490

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

はち兒のむかへにつかはしければ、同十五日に登山す、, ふるき論義なりけり、まことにたゝ人にあらすとそ申あへりける、, 獨木かけはしあやうく、九花いろめつらし、持寶房にいたり給ぬ、試にまづ, かはす、源光觀覺か状を披覽して、文殊の像をたづぬるに、たゝ小兒のみ上, にもたヾものにあらざることをしりぬ、これによりて禮をなしきとそ仰, をなす、のちに仰られけるは、路次にあふ所の小童限より光をはなつ、いか, られける、月輪殿の御歸依あさからざりけるも、彼御物語を御耳の底にと, 月八日この兒を相具して、功徳院肥後阿闍梨皇圓のもとにゆきて入室せ, 淺才なり、碩學につけて圓宗の奧義をきはめしめんといひて、久安三年四, 、められけるゆへにやありけんとおぼつかなし、, この兒の器量ともからにすぎて名譽ありしかは、源光われはこれ魯鈍の, 洛せるよし使者申ければ、源光はやく兒童の聰明なることをしりぬ、すな, 僧ことのよしを申あぐ、御禮儀ありてすぎさせ給ふ、供奉の人々存外の思, 四教義をさづくるに、籤をさして不審をなす、うたがふところみな圓宗の, 〔法然上人行状畫圖〕三童子入洛の後、まづ觀覺得業か状を持寶房にっ, 理由, 兼實源〓, ニ歸依ノ, ニ入ル, 皇圓ノ室, 建暦二年正月二十五日, 四九〇, 建暦二年正月二十五日

頭注

  • 理由
  • 兼實源〓
  • ニ歸依ノ
  • ニ入ル
  • 皇圓ノ室

  • 建暦二年正月二十五日

ノンブル

  • 四九〇
  • 建暦二年正月二十五日

注記 (23)

  • 905,644,55,1657はち兒のむかへにつかはしければ、同十五日に登山す、
  • 558,651,53,2010ふるき論義なりけり、まことにたゝ人にあらすとそ申あへりける、
  • 788,641,57,2213獨木かけはしあやうく、九花いろめつらし、持寶房にいたり給ぬ、試にまづ
  • 1139,646,57,2212かはす、源光觀覺か状を披覽して、文殊の像をたづぬるに、たゝ小兒のみ上
  • 1607,646,53,2217にもたヾものにあらざることをしりぬ、これによりて禮をなしきとそ仰
  • 1721,638,57,2214をなす、のちに仰られけるは、路次にあふ所の小童限より光をはなつ、いか
  • 1489,642,57,2212られける、月輪殿の御歸依あさからざりけるも、彼御物語を御耳の底にと
  • 206,647,62,2210月八日この兒を相具して、功徳院肥後阿闍梨皇圓のもとにゆきて入室せ
  • 320,643,62,2221淺才なり、碩學につけて圓宗の奧義をきはめしめんといひて、久安三年四
  • 1374,662,54,1491、められけるゆへにやありけんとおぼつかなし、
  • 439,645,59,2217この兒の器量ともからにすぎて名譽ありしかは、源光われはこれ魯鈍の
  • 1019,635,59,2227洛せるよし使者申ければ、源光はやく兒童の聰明なることをしりぬ、すな
  • 1838,635,57,2226僧ことのよしを申あぐ、御禮儀ありてすぎさせ給ふ、供奉の人々存外の思
  • 671,643,56,2210四教義をさづくるに、籤をさして不審をなす、うたがふところみな圓宗の
  • 1231,598,109,2261〔法然上人行状畫圖〕三童子入洛の後、まづ觀覺得業か状を持寶房にっ
  • 1447,278,40,81理由
  • 1534,274,41,168兼實源〓
  • 1491,284,41,151ニ歸依ノ
  • 191,291,35,105ニ入ル
  • 231,279,43,171皇圓ノ室
  • 1955,706,44,426建暦二年正月二十五日
  • 1957,2449,41,120四九〇
  • 1955,705,45,426建暦二年正月二十五日

類似アイテム