『大日本史料』 4編 11 建暦元年1月~2年11月 p.508

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都はかの記をひらき見て、隨喜の〓をながされけるとなむ、, とも、眼より光をはなちて聖教をひらき、室の内外を見給ふ、法蓮房もまの, 披露なし、勢觀房遺跡を相承のゝち、これを披見せられけり、高野の明遍僧, を發し給き、生年六十六、建久九年正月七日の別時念佛のあひだ、はしめに, 禪閤庭上にくづれおりさせ給て、上人を禮拜し、御ひたひを地につけて、や, はまづ明相あらはれ、次に水想影現し、のちに瑠璃の地すこしき現前す、同, しきむね御自筆の三昧發得の記に見えたり、かの記上人存日のあひだは, ところ〳〵に別時念佛を修し、不斷の稱名をつとむること、みなもと上人, 〔法然上人行状畫圖〕八上人三昧發得のゝちは、暗夜に燈燭なしといへ, 同年四月五日、上人月輪殿にまいり給て、數尅御法談ありけり、退出のとき, ゝひさしくありておきさせ給へり、御〓にむせひて仰られていはく、上人, の在世よりおこれり、そのなかに上人元久二年正月一日より、靈山寺にし, あたりこれを拜し、隆寛律師もことに此事を信仰せられけり、〓, て三七日の別時念佛をはじめ給ふに、燈なくして光明あり、〓、, 二月に寶地寶池寶樓を見たまふ、それよりのち連々に勝相あり、〓中くは, 略, ○中, 略, ○中, 念佛ヲ修, 月輪殿ニ, 靈山寺二, 談ス, 於テ別時, 至リテ法, 三昧發得, ノ記, ス, 建暦二年正月二十五日, 五〇八

割注

  • ○中

頭注

  • 念佛ヲ修
  • 月輪殿ニ
  • 靈山寺二
  • 談ス
  • 於テ別時
  • 至リテ法
  • 三昧發得
  • ノ記

  • 建暦二年正月二十五日

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  • 五〇八

注記 (30)

  • 1254,645,66,1804都はかの記をひらき見て、隨喜の〓をながされけるとなむ、
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