『大日本史料』 4編 14 建保4年4月~承久元年1月 p.161

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

よめる事を、よみうつされてよしあれと、めもおとろかす侍うへに、か, ため、本意なくや、左はあやにくにうくひすをもてなされて侍めれは、, れはねやのまへに、竹のある所にね侍りて、とことはかられて侍にや, くたけちかくよとこねはせし鶯の鳴こゑきけはあさゐせられすと, 北條義時。大江廣元ヲシテ、實朝ノ任官ヲ諫メシム、實朝之ヲ聽カズ、, さやうのおりにかなひたる風情と、歌合とは、にぬ事にや侍らん、鶯の, 將事、内々思食立云々、右大將家者官位事、宣下之毎度固辭之給、是爲令及佳, 八月十三日、被定ト初齋宮入御野宮御禊事, 運於後胤給也、而今御年齡未滿成立、壯年御昇進太以早速也、御家人等亦不, 候京都、號面々補任顯要官班、頗可謂過分歟、尤所歎息也、下官以愚昧短慮、縱, 左可勝侍らん、, 九月廿日、初齋宮入御野宮、御禊事也、, 初齋宮御禊、野宮ニ入御アラセラル、, 九月十八日、戊戌、晴、相州招請廣元朝臣被仰云、將軍家任大, 二十日, 遷坐野宮、, 〔仁和寺日次記〕九月廿日、〓子、齋宮禊東河, 〔吾妻鏡, 〔百練抄〕, 一條, 佐渡院, 十二, 末, 子、, 夷, 條, 二十, 御ト, 建保四年九月二十日, 一六一

割注

  • 一條
  • 佐渡院
  • 十二
  • 子、
  • 二十

頭注

  • 御ト

  • 建保四年九月二十日

ノンブル

  • 一六一

注記 (30)

  • 1794,798,57,2053よめる事を、よみうつされてよしあれと、めもおとろかす侍うへに、か
  • 1448,796,57,2072ため、本意なくや、左はあやにくにうくひすをもてなされて侍めれは、
  • 1677,799,57,2067れはねやのまへに、竹のある所にね侍りて、とことはかられて侍にや
  • 1912,791,55,2070くたけちかくよとこねはせし鶯の鳴こゑきけはあさゐせられすと
  • 734,551,78,2159北條義時。大江廣元ヲシテ、實朝ノ任官ヲ諫メシム、實朝之ヲ聽カズ、
  • 1563,795,57,2053さやうのおりにかなひたる風情と、歌合とは、にぬ事にや侍らん、鶯の
  • 509,634,62,2218將事、内々思食立云々、右大將家者官位事、宣下之毎度固辭之給、是爲令及佳
  • 976,1209,58,1292八月十三日、被定ト初齋宮入御野宮御禊事
  • 392,633,61,2217運於後胤給也、而今御年齡未滿成立、壯年御昇進太以早速也、御家人等亦不
  • 276,632,61,2218候京都、號面々補任顯要官班、頗可謂過分歟、尤所歎息也、下官以愚昧短慮、縱
  • 1333,788,55,424左可勝侍らん、
  • 862,641,58,1068九月廿日、初齋宮入御野宮、御禊事也、
  • 1204,855,77,1168初齋宮御禊、野宮ニ入御アラセラル、
  • 625,1135,59,1716九月十八日、戊戌、晴、相州招請廣元朝臣被仰云、將軍家任大
  • 1207,563,70,218二十日
  • 1094,2083,52,282遷坐野宮、
  • 1075,589,101,1341〔仁和寺日次記〕九月廿日、〓子、齋宮禊東河
  • 608,598,100,249〔吾妻鏡
  • 957,598,104,273〔百練抄〕
  • 1122,1954,42,104一條
  • 967,934,41,184佐渡院
  • 1014,936,37,103十二
  • 1079,1943,40,48
  • 1199,802,48,51子、
  • 1247,794,39,49
  • 1119,2017,45,42
  • 660,937,40,102二十
  • 988,270,41,82御ト
  • 177,705,45,382建保四年九月二十日
  • 176,2445,44,104一六一

類似アイテム