『大日本史料』 4編 15 承久元年2月 p.175

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ト、便ニ依リテ左ニ合敍ス、, 伊勢天照太神宮、八幡大菩薩をはしめ奉りて、大小神祇諸天善神こと〳〵, ○釋迦堂燒失セシコト、建保六年十一月十日ノ條ニ見エタリ、コノ後, のために、五十个日のあひた、東西の名僧かはる〳〵毎日説法あり、, 寺の住侶上求法師諸人をすゝめて再興す、廿八年をへて、八十四代順徳院, 供養ヲ行フコト、貞應元年二月二十三日ノ條ニ見ユ、釋迦像修造ノ「, 日本國建保六戊寅、十二月十五日奉修造之、, く説法のみきりに影嚮あり、殊に春日大明神毎夜法談しましますよし傳, うけ給る、その時、神々をは、内の權現に勸請し奉るとなり、釋迦堂興隆勸進, 進して造營の功をとけて、當寺を建立す、ある時七个日の説法ありけるに、, 御宇、建保五年丁正にかさねて炎上す、この時は、栂尾の明惠上人貴賤を勸, 大佛師法眼快慶, 〔清凉寺縁起〕八十二代後鳥羽院御宇、建久元年庚戌歳囘祿す、武州の慈光, 本尊釋迦如來、臺座之銘云、, 〔清凉史略〕甲建保六戊寅多實塔立、, 別當法眼任雅, 貳間, 四面, ○下, 略、, 釋迦像ノ, 臺座修造, 承久元年七月十九日, 一七五

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  • 貳間
  • 四面
  • ○下
  • 略、

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  • 釋迦像ノ
  • 臺座修造

  • 承久元年七月十九日

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  • 一七五

注記 (24)

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