『大日本史料』 5編 2 貞応2年6月~嘉禄元年12月 p.343

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き事なり, 關東穢引來年々, ふて、御廟の橋の左の地にさし込て歸られけるに、果して枝葉熾にしけれ, とより拜して、歸られけるとそ、鎭守明神の託宣に、奧院參詣のとき、木履を, 家して、後に當山に來れり、一日奧院に詣ていはく、願くは大師の加持力に, なく、諸佛の集會し給ふか故に、足をいるゝに所なしとて、後には此杉のも, 依て、我菩提の大願を成就せは、今此杉の杖より枝葉を生せしめ玉へとい, り、今の明遍杉是なり、是より常に御廟に詣られけるか、橋より内は、透間も, はくへからす、神祇冥道常に充滿し玉ふか故にとの玉ひし、尤符、合して尊, 了、, 元仁元年六月十八日、右京權大夫義時朝臣卒去、即有沙汰、被定洛中卅日穢, ル、, 〔勘仲記〕弘安七年四月九日, 〓義時ノ卒去ニ依リテ、洛中ノ穢ヲ定メ、又、御體御ト奏ヲ停メラ, 〔野山名靈集〕, 十八日, 明遍杉明遍上人は、藤原通憲の子、東大寺に出, ○下, 略, 申, 奥院の事, 甲, 三, 三十日ノ, 穢, 明遍杉, 元仁元年六月十八日, 三四三

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  • ○下
  • 奥院の事

頭注

  • 三十日ノ
  • 明遍杉

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  • 三四三

注記 (28)

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