『大日本史料』 5編 2 貞応2年6月~嘉禄元年12月 p.856

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慈鎭和尚に清書を申、俊成卿に判の詞をかゝせけり、, 圓位上人、昔よりみつからかよみをきて侍る歌を抄, の番にめされて、七徳の舞をふたつ忘れたりけれは、五徳の冠者と異名を, 教てかたらせけり、さて山門のことを殊にゆゝしくかけり、, 公之叔父, ゝなく拵出候歟、同宿申候歟、仍万事に可然候云々、毎事又々可言上候、恐惶, 道を扶持し給ひけり、此行長入道、平家物語を作りて、生佛と云ける盲目に, 一藝ある者をは下部まてもめしをきて、不便にせさせ給けれは、此信濃入, つきにけるを、心うき事にして、學問をすてゝ遁世したりけるを、慈鎭和尚、, 出して、三十六番につかひて、御裳濯歌合と名つけて、色々の色紙をつきて、, 〔梅菴古筆傳〕慈鎭和尚或號慈圓家集號拾玉、法性寺關白忠通公息、良經, 〔明翰抄〕第五青蓮院, 謹言、, 〔徒然草〕後鳥羽院の御時、信濃前司行長〓古の譽有けるか、樂府の御論義, 謹言、慈圓, 第三慈鎭和尚, 〔古今著聞集〕, 慈圓, 慈圓, 法性寺關白忠通公息、自二十七歳, 號慈圓、嘉祿二年九月二十五日卒, 和歌, 五, 歌, ノ歌ヲ書, 慈圓ト行, 者ヲ憐ム, 慈圓西行, 一藝アル, 長, 筆蹟, 嘉祿元年九月二十五日, 八五六

割注

  • 法性寺關白忠通公息、自二十七歳
  • 號慈圓、嘉祿二年九月二十五日卒
  • 和歌

頭注

  • ノ歌ヲ書
  • 慈圓ト行
  • 者ヲ憐ム
  • 慈圓西行
  • 一藝アル
  • 筆蹟

  • 嘉祿元年九月二十五日

ノンブル

  • 八五六

注記 (33)

  • 1326,631,58,1587慈鎭和尚に清書を申、俊成卿に判の詞をかゝせけり、
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