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湯淺氏故居, 十四年九月十一日未剋山崩れて、其古木等倒れたり、本坊は堂舍の下にあ, り、今猶境内山林除地にして、本堂開山御影堂寶藏鎭守春日社建ならべ、四, は、好古の一助ともなりて、文雅風景兼備の精舍なり、, て、當初のおもかげ心に浮び目に見えて、更に懷舊の情を起せり、又藤原景, に居して、武勇を以て稱せらる、康和元年、藤原宗永といふ人、始て書に見は, 離れて、ともに此靈場の佳景を加へ、浪の響松の聲など、上人の心をすまし, 面楓樹多し、又本堂の傍に上人手植せし那木、杉、檜等の古木ありしに、天保, りて、西南の海に面し、毛無苅藻の嶋々は、手にもとるべく、鷹嶋黒嶋は、やゝ, 華嚴光明眞言を施入し、義林房に田一處を寄附すと八所遺跡記に見えゝ, るといへども、其後平治年間、權守宗重の名、天下に聞ゆるを以、其裔みな宗, 基の寄附状に、郡中一門四十九員、草名を書連びて、上人加判せる文書、及遺, 物の寶劔五鈷等、みな尋常の物ならず、其他古證文古券數百通を藏したれ, 重を祖とす、宗重の子孫蕃殖して數十家に分る、寛喜三年、郡中一族の連署, 湯淺氏は、藤原を姓とす、諸藤氏の内何れより分れたるを知らば、世々此地, 湯淺村鍛冶屋町の北に、湯淺殿, 屋敷といふ所あり、この所にや、, ○下, 略, 湯淺氏故, 居, 寛喜三年四月十七日, 五一二
割注
- 湯淺村鍛冶屋町の北に、湯淺殿
- 屋敷といふ所あり、この所にや、
- ○下
- 略
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- 湯淺氏故
- 居
柱
- 寛喜三年四月十七日
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- 五一二
注記 (23)
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