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史古文書等に所見多しといへども、煩冗を厭ひて、纔に一二を擧げ、藤並の, 以氏とし、或は崎山を以て氏とするもの皆一族なりといふ、一門の姓名雜, 亂に孫六入道定佛の名あり、それより以降、子孫諸國に分散し、今猶湯淺を, 南北の兵, に五十人許の姓名を載たるにても、其盛なる事を〓見すべし、鎌倉以降北, 條氏執權の時にも、此一家一門、京都八條辻固をなして、朝廷を警固せり、, 崎山某が家に傳ふる古系圖を録す、, 四十八ケ所に篝をたく、一篝の役人數五百人也、紀伊千人とあ, 記評判に、傳云、頼朝の代より、大番役に準て、西國より京中の辻々, 平, 太, 湯淺一門, 宗重, 寛喜三年四月十七日, 寛喜三年四月十七日, 五一三
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- 四十八ケ所に篝をたく、一篝の役人數五百人也、紀伊千人とあ
- 記評判に、傳云、頼朝の代より、大番役に準て、西國より京中の辻々
- 平
- 太
- 湯淺一門
頭注
- 宗重
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- 寛喜三年四月十七日
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- 寛喜三年四月十七日
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- 五一三
注記 (16)
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