『大日本史料』 10編 11 元亀3年12月~同年是歳 p.31

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正能きしほ合と見て、俄に兵を起して〓てかゝる、穴山勢不意を討れてたしらふ所を、, る故に、手立を施す事能はす、されはとて斯城中に畏縮せんは謂かひなし、今日朝かけ, かりしかは、其謀空く止む、翌廿三日、酒井忠次・石川數正會合して、昨夜は敵備を設, はいかゝ思ひ給へると談しけれは、數正其儀尤とて、先つ忍の者を以て敵陣を窺しむる, りに此事を觸渡すといへとも、城中の老若、殿は御討死と申觸て耳にも聞入れす、只何, を切て刀の先に貫き、信玄か首を取たるとて呼りなから、城中を走り廻りけれは、人々是, に、信玄か軍令嚴にして、夜警引も切らす、篝火多くして白晝の如し、中々可討の虚無, となく東西に棄走しけれは、忠次も忙然として醉るか如し、此時高木九助法師武者の首, 門の内外に篝を焚き、物音の致さぬ樣に下知せよと命し給ふ、左衞門尉畏て馳廻り、〓, に力を得て、漸くに鎭りたり、其夜忠次は、石川數正に向ひ、武田勢勝利を得て、將驕, 穴山梅雪か兵と保坂常陸介と交代して、人數を繰返す時、備少し色めきけれは、忠次・數, り、卒怠らんか、此虚に乘て、今夜十死一生の戰を成さは、運を開く事あるへし、貴殿, に切て出て、敵の英氣を折くへしと云合せて、兩將其用意にかゝる、此時名栗表の押番, ○又云、神君漸く死地を遁れて、濱松に御歸城あり、忠次を召て、汝城中の騷動を鎭め、, 元龜三年十二月二十二日, 酒井忠次石, 川數正ト朝, 駈シテ武田, 方ヲ敗ル, 元龜三年十二月二十二日, 三一

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  • 酒井忠次石
  • 川數正ト朝
  • 駈シテ武田
  • 方ヲ敗ル

  • 元龜三年十二月二十二日

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  • 三一

注記 (21)

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