『大日本史料』 12編 1 慶長八年二月~同九年二月 p.293

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丹波國小野といふ所, かうひねりにて結ひ、兩方の小口に蓬をさしはさむ, 出す、かなへと、かうひねりを引ときて、御湯に入、御湯とのの御湯の中にさ, 添て、さうふの御殿とか云物をたつ、あやめのこしなる〓し、あやめのこし, うふは見へねと、にほひはなはたし、清凉殿の東庭、鬼の間の通りに、高〓に, は六府の沙汰と見へたれと、いかなる事にか、此頃は東坊城家より、材木下, 〔參考〕, の御湯まゐる、よへのさうふの御枕一對を、薄やうに包なから、かなへとに, より出す也、其樣、菖蒲をたけ五寸はかりに切て、五寸〓り計に、あとさきを, 五日、あしたのものちまきを供す、あさ盃、朝餉等例のことし、けふはさうふ, ニ參、先女院之御所ヘ參、御盃以前、於朝餉間朝餉參、命婦達指合之故、予手長, 一對、こよひ御枕もとにあり、うすやうは極臈調進す、御枕は勾當内侍, 〓より獻す、同所の者あまた參りて、御殿毎に葺渡す、あやめのまくら, 〔後水尾院當時年中行事五月四日、さうふは主殿寮ふくとあれと、此頃は, ニ參、, やう, 也、去帝土事三里、平之丞、兵庫、淺井淺之進とて、以上三, につ, 小野郷、丹波境、鷹峯より北二里、山城の内也、勸修寺殿, うす, つむ, ノ次第, 御湯, 端午ノ節, 菖蒲ノ枕, あやめノ, さうふノ, 輿, 慶長八年五月五日, 二九三

割注

  • やう
  • 也、去帝土事三里、平之丞、兵庫、淺井淺之進とて、以上三
  • につ
  • 小野郷、丹波境、鷹峯より北二里、山城の内也、勸修寺殿
  • うす
  • つむ

頭注

  • ノ次第
  • 御湯
  • 端午ノ節
  • 菖蒲ノ枕
  • あやめノ
  • さうふノ
  • 輿

  • 慶長八年五月五日

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  • 二九三

注記 (30)

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