『大日本史料』 5編 10 嘉禎元年5月~同2年11月 p.3

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を、此集は、ひとへに花をほんとして、實をりすれたるにより、本意とおほさ, や、古今百人乃うたをゑらひて、我山の庄にをろまゝものなり、此撰の大意, れたるも又いかゝ、, は、花實相對するしうなり、後撰そ、實過分すとや、拾遺は、花實を得たるよし, かいのはした〓、しろれは實をこん本にして、はなを枝葉にすへ支事なる, は、實をむ手として、花をすこしか〓たり、其後堀川院の御時、勅をう老たま, 號ほるな〓、これをゑらひか支をかなゝ事は、新古集乃撰、定家卿のこゝ法, はりて、新勅撰をゑらまる、かのしうのこゝ法、この百しゆと相おなしかま, 夫百首は、京極黄門のをくら山庄しきしの和歌也、それを世に百人一首と, ぬなるへし、黄門の心あらはまろた支事を、口をしくおもひたまふゆへに, へし、十ふんのうち、實は六七分、はなは三四ふんたるへきにや、こきんしう, にかなはす、其ゆへは、歌道は、いにしへより、世をおさめ、民をみちひそけう, 〔百人一首〕宗福小倉山庄色紙和歌序, 數にもれ々る事は、いか成事こか侍るらん、又源兼昌は、堀川院の百首の人, 數とは申なろら、此人數に入〓き程の作者にてもあらさるに、えらひ入ら, 撰集ノ理, 宗祇ノ説, 由, 嘉禎元年五月一日, 三

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  • 撰集ノ理
  • 宗祇ノ説

  • 嘉禎元年五月一日

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