『大日本史料』 5編 10 嘉禎元年5月~同2年11月 p.16

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りたる成べし、, んための僻言也、秀歌大略は、まことに秀歌を撰せられし故、三部抄のうち, 相傳の歌どもなりと云て、講釋をして、師弟の契約の中だちにせんとせし, ゆへ、此百首は、新古今をおすべきため、新勅撰の前にえらまれ、然故此百人, り、俊成卿は、元久元子の歳霜月晦日に死去也、新古今奏覽は、明る丑の年三, に入れり、此百首は、色紙にかゝれて、障子におされたる迄の事也、か樣の事, は、誰が上にもある事なれば、同じ心也、亦考見るに、此百首の歌のうち、大方, ばかりにして實少く、定家卿の心に叶はざる故、此百首を撰せらるゝとあ, 一首と新勅撰は、二條家の歌の腦髓骨肉也と書たり、是諸人に深く思はせ, 右の序に、定家卿は、父俊成の喪によりて、新古今に手傳給はぬゆへ、撰集花, 月廿六日也、わづか百十餘日なれば、俊成卿死去前に、新古今撰集はきはま, ありて、新歌をよむべきの心覺えに、書付てをかれたる事もあるべし、, 叡覽にそなふ撰集清書すればとて、廿卷の新古今なれば、百十餘日はかゝ, 本歌にとりて、定家卿の讀給ふ歌あれば、詞か心か何とぞ思ひより給ふ所, るべきにや、俊成卿長病にて、看病にかゝり、手傳給はぬといはゞさもある, 嘉禎元年五月一日, 一六

  • 嘉禎元年五月一日

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  • 一六

注記 (17)

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