『大日本史料』 5編 11 嘉禎2年12月~暦仁元年9月 p.212

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

り、それもやうによるへし, 久のころほひより、ことに名譽も出來たりき、, 家隆卿は五十ちのころよりことに名譽のきこえ侍しと也、, て、なと十月に十はふらぬそとよみたりけるこそ、山くちしるくめてたけ, 後撰の八子か歌めてたけれとも、その始終しらす、しめゆふといひし物は, されは、かならすおさなくより學するにもよらさる也、家隆卿かおさなく, れ、されはなにゝもよらぬ事なり、又文字のたらぬによみならへることあ, 幼少時心きゝ歌よむ物も、おとなしくなるまて、次第にまさることもなし、, はまたもさきなん、とよみたりける、小童へかくちにある歌也、けにも風情, はよくよめり、しかれとも、六十にあまりしかとも、さ程の歌其のちよます, 〔八雲御抄〕, 無下におさなくて、むめのはなちらはとくちれおしからすえたゝにあら, なりき、禪門被申云、此仁未來の歌仙たるへし、見參の度に難儀なといふ事, 〔井蛙抄〕六又云、家隆は寂蓮か聟也、寂蓮相具して、大夫入道和歌門弟に, 第六によく〳〵思惟すへき事, 〔後鳥羽院御口傳〕家隆卿は、わかゝりしおりは、いときこえさりしかと、建, 下略, 用意部, ○上, 六, 皇ノ御批, 後鳥羽上, 寂蓮ノ聟, ノ御批評, 順徳天皇, 俊成ノ批, 俊成ノ門, 弟, 評, 評, 嘉禎三年四月九日, 二一二

割注

  • 下略
  • 用意部
  • ○上

頭注

  • 皇ノ御批
  • 後鳥羽上
  • 寂蓮ノ聟
  • ノ御批評
  • 順徳天皇
  • 俊成ノ批
  • 俊成ノ門

  • 嘉禎三年四月九日

ノンブル

  • 二一二

注記 (32)

  • 486,605,63,759り、それもやうによるへし
  • 1632,612,60,1338久のころほひより、ことに名譽も出來たりき、
  • 1860,682,60,1771家隆卿は五十ちのころよりことに名譽のきこえ侍しと也、
  • 716,603,59,2180て、なと十月に十はふらぬそとよみたりけるこそ、山くちしるくめてたけ
  • 1285,601,60,2195後撰の八子か歌めてたけれとも、その始終しらす、しめゆふといひし物は
  • 831,610,58,2172されは、かならすおさなくより學するにもよらさる也、家隆卿かおさなく
  • 604,606,57,2175れ、されはなにゝもよらぬ事なり、又文字のたらぬによみならへることあ
  • 1401,601,59,2198幼少時心きゝ歌よむ物も、おとなしくなるまて、次第にまさることもなし、
  • 1056,611,60,2176はまたもさきなん、とよみたりける、小童へかくちにある歌也、けにも風情
  • 945,608,59,2176はよくよめり、しかれとも、六十にあまりしかとも、さ程の歌其のちよます
  • 1502,569,91,340〔八雲御抄〕
  • 1173,605,58,2181無下におさなくて、むめのはなちらはとくちれおしからすえたゝにあら
  • 255,596,60,2183なりき、禪門被申云、此仁未來の歌仙たるへし、見參の度に難儀なといふ事
  • 350,552,95,2227〔井蛙抄〕六又云、家隆は寂蓮か聟也、寂蓮相具して、大夫入道和歌門弟に
  • 1518,1247,56,903第六によく〳〵思惟すへき事
  • 1730,558,94,2241〔後鳥羽院御口傳〕家隆卿は、わかゝりしおりは、いときこえさりしかと、建
  • 472,1386,39,107下略
  • 1503,968,41,182用意部
  • 514,1385,42,109○上
  • 1549,970,40,32
  • 1749,258,42,168皇ノ御批
  • 1795,258,41,168後鳥羽上
  • 414,249,42,170寂蓮ノ聟
  • 810,258,42,163ノ御批評
  • 856,253,41,165順徳天皇
  • 283,249,44,169俊成ノ批
  • 371,249,41,170俊成ノ門
  • 332,249,35,39
  • 1708,257,39,36
  • 238,249,42,38
  • 1979,669,44,354嘉禎三年四月九日
  • 1976,2398,45,117二一二

類似アイテム