『大日本史料』 5編 11 嘉禎2年12月~暦仁元年9月 p.428

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けるをきゝていふか、, なを御師範にまいらすとて、惡口にをよひらり、君きこしめして、ぬしき, さるゝ好士にて御座ありしかは、ゆゝしくみち繋昌したりし御世にも、, 時は、御小師とてこそがいりしか、ちきの帝師をはけかけす、そのこにて, なりとも逆鱗りたらせおはしまさす、御わら〓有為るとつや、これはみ, りろ身達者たりしかは、妙音院の御附屬を給て、孝道とていみしき名譽, 中將とて、土佐より御歸京の後、二條院の御師範にあいらせおはします, 云々、師説云、この事よしといふなり、忠博はいかてかしらん、父博玄かいひ, ちにすろせおはしたし〓る御をきて成へし、, て、判していはく、〓合のをくれ、撥の強くて、ふみはなたる樣に聞ゆるなり, のおはせしかとも、又帝師にはいたらけりき、後鳥羽院當道をきこしめ, となりて、あらぬ道にいりに〓〕り、尾張の國司にれりて、妙音院中納言の, りの子孝定、これはしかるへき家の人なりしかとも、祖父孝博か子, 忠博は、博玄息、彈箏者也、孝道かひわをきゝ, 〔文机談〕○柳原家記録百六所收, 〔胡琴教録〕, 〔胡琴教録〕〓合第十二〓上忠博は、博玄息、彈筆者也、孝道かひわをきゝ, 〔文机談〕, ○上, 略, ○上, 〓合第十二, 〓上, 後鳥羽天, 皇ノ御師, トナルヲ, 皇ト孝道, 忠〓ノ批, 後鳥羽天, 得ズ, 評, 嘉禎三年十月二十二日, 四二八

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  • ○上
  • 〓合第十二
  • 〓上

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  • 後鳥羽天
  • 皇ノ御師
  • トナルヲ
  • 皇ト孝道
  • 忠〓ノ批
  • 得ズ

  • 嘉禎三年十月二十二日

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  • 四二八

注記 (33)

  • 1548,615,55,628けるをきゝていふか、
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