『大日本史料』 5編 11 嘉禎2年12月~暦仁元年9月 p.441

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

十七の, へ給はぬ樂をひくに、一拍子もたかへは、かしらをふりて、よもこの曲は, ひき給なといふ、或時は又心さ拍子あつる時もあり、或時はをひたつる, 時もあり、かくする事一年はろり也、ふしきなりける事は、りや〳〵おほ, うましき也、たゝすてよ〳〵とそいひける, はなまといふ、さきにも申つるやうに、三人のはらから皆妙音院乃御は, さいふこれをうつ、又的弓をゐる、そのときも弓場に圓座一枚をしきて、, とし、孝道あいくして、持明院の宮へまいらををく、後高倉院御事也、孝道, られける、さて人乃しつまる時をこされて、終夜百反をはひろれらり、ひ, 比巴をわきにはさむ、或時はこれはなにといふ曲〓、武らをとさんとて, すはらに三人也、一女さぬき、二女尾張内侍、三男孝時、孝時かわらは名を, るはひろす、かくのみすれとも、孝道一度もほめたる詞なし、常には、かな, からひにて、名をも賜々り、この一腹一人もすつへき仁なし、, 候はす、孝定か孝道を妙音院へまいらせをき候し例を存候故也と申〓, 竹薗に啓しけるは、この惡童を御所へまいらを上ん事き、別乃子細には, 孝道圍碁をこのみて、あ, けふ乃いふ方より、一間なる所にはい入て、むともす時まてそね, り、, 「百反引事」, ○中, ○中, ○中, 略, 略, 略, 的弓ヲ好, ヲ後高倉, 孝道圍基, 院ニ薦ム, 孝道孝時, ム, 嘉禎三年十月二十二日, 四四一

割注

  • ○中

頭注

  • 的弓ヲ好
  • ヲ後高倉
  • 孝道圍基
  • 院ニ薦ム
  • 孝道孝時

  • 嘉禎三年十月二十二日

ノンブル

  • 四四一

注記 (33)

  • 1584,2598,54,189十七の
  • 197,698,61,2077へ給はぬ樂をひくに、一拍子もたかへは、かしらをふりて、よもこの曲は
  • 421,688,64,2098ひき給なといふ、或時は又心さ拍子あつる時もあり、或時はをひたつる
  • 308,687,62,2100時もあり、かくする事一年はろり也、ふしきなりける事は、りや〳〵おほ
  • 768,683,58,1264うましき也、たゝすてよ〳〵とそいひける
  • 1691,689,61,2102はなまといふ、さきにも申つるやうに、三人のはらから皆妙音院乃御は
  • 652,688,63,2115さいふこれをうつ、又的弓をゐる、そのときも弓場に圓座一枚をしきて、
  • 1457,680,67,2109とし、孝道あいくして、持明院の宮へまいらををく、後高倉院御事也、孝道
  • 998,672,63,2114られける、さて人乃しつまる時をこされて、終夜百反をはひろれらり、ひ
  • 539,685,60,2104比巴をわきにはさむ、或時はこれはなにといふ曲〓、武らをとさんとて
  • 1804,680,62,2107すはらに三人也、一女さぬき、二女尾張内侍、三男孝時、孝時かわらは名を
  • 882,685,65,2104るはひろす、かくのみすれとも、孝道一度もほめたる詞なし、常には、かな
  • 1574,688,67,1758からひにて、名をも賜々り、この一腹一人もすつへき仁なし、
  • 1225,669,65,2116候はす、孝定か孝道を妙音院へまいらせをき候し例を存候故也と申〓
  • 1344,678,64,2102竹薗に啓しけるは、この惡童を御所へまいらを上ん事き、別乃子細には
  • 772,2100,59,688孝道圍碁をこのみて、あ
  • 1115,885,60,1907けふ乃いふ方より、一間なる所にはい入て、むともす時まてそね
  • 1128,677,40,60り、
  • 1284,646,40,217「百反引事」
  • 1140,758,41,106○中
  • 802,1965,43,109○中
  • 1611,2458,43,111○中
  • 1567,2458,40,38
  • 1097,760,41,35
  • 758,1965,38,38
  • 751,255,41,168的弓ヲ好
  • 1462,258,41,163ヲ後高倉
  • 797,257,41,166孝道圍基
  • 1419,251,40,164院ニ薦ム
  • 1507,253,42,168孝道孝時
  • 712,259,29,29
  • 97,681,46,429嘉禎三年十月二十二日
  • 105,2386,43,112四四一

類似アイテム