『大日本史料』 5編 20 寛元4年3月~同年10月 p.367

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養し、十萬卷の阿彌陀經をかきて、天王寺にて供養す、, り、惡事をしくみていたつらに三惡道の業に廻向せんや、心あらん人いかてか還迹なか, 五部大乘經をかくことたひ〳〵也、此外經卷書寫供養そのかすをしらす、又造佛ハ五丈, 惡業をハなすへきや、もし丹心わたくしなくして、無實あらはるゝならハ、かへりて一天, ことに、人の勸進にもくみし、身の力をもあはすること數をしらす、一切經を二部まて供, の釋迦佛をハしめ奉りて、萬躰千躰の佛、等身三尺より、小佛にいたるまてこれおほし、, 三寶を信して、おほくのつとめをはしめをくこと、東福寺を始として、, 下の人をして、我陰謀の心なきことをしらしめて、我忠勤の心さしのふかき事をあらハさ, ん、當時風聞することくならハ、從横の説みな天魔の所爲なりといひて、關東漸靜謐して、, らん、此外又八幡の不斷經三昧堂、賀茂の眞言堂、日吉の三部長講、慈覺大師のふるき跡を, おこしおこなひ、興福寺の三面の僧坊に供料を置て、法相宗を興隆し、維摩大會に加供米, 共をたて、又氏寺の破損を修理せん事をいとなみ、其外諸寺諸山の破壞無實の所をきく, の絶たるをおこしつくまても、天下泰平、國土安穩、藤氏繋昌のためなり、いかてか徒に, かくのことくちからをよふにしたかひていとなむ心さし、ひとへに無上菩提のためな, 堂舍, 八幡、春日にて大般若、, 五日ノ條參看、, ○延應元年八月, 二日ノ條參看、, ○嘉禎三年十月, 寛元四年七月十六日, 三六七

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  • 五日ノ條參看、
  • ○延應元年八月
  • 二日ノ條參看、
  • ○嘉禎三年十月

  • 寛元四年七月十六日

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  • 三六七

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