『大日本史料』 5編 23 宝治元年10月~同年12月 p.251

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嗟のおもひ淺かるへきや、閉眼の前後に人多く夢に往生の瑞相を見たてまつりけり、, こるところの珠をひきこして母珠の所にいたらしめて、合掌刄手して、つゐにをはり, を含み、鳥獸も悲を呑、聲ありとかや、況や心あらむ人倫、訓をうくる法侶、爭か傷, てに事切ぬと聞けれは、同時に悲泣し、聲をあけてそ哀哭しける、草木も愁を懷、色, 或は瞳幡・花座禪房に顯現し、或は十六羅漢室内に來入し、或は諸大明神の其人を守, りけり、座主宮七日ことに土砂を給ふ、四十九日に水精念珠一連、紫冬扇にをきて、, は、ひそかに遣迎院をいたしたてまつりて、西山往生院の傍に花臺廟を點してそ移し, 建長年中にいたりて、實信房願主として、彼の花臺廟に多寶塔を建て、觀念三昧院と, をとり給ぬ、最後の結縁のためとて、道俗群集して、堂上・堂下にあまりけるか、す, 申ける、中陰のあひた、貴人・高僧身つから經典をかき、嘆ゆ諷誦文を捧くる人多か, 諷誦を副てそ送給ひける、おほよそ滅後の顯徳、翰墨をよひかたし、, 護し給ふことをしめし、或は疑者のために、身つから往生の相を告給ひけり、遺身を, 西にむかひ、念珠を取て一々に數を記して念佛し給けるか、九十餘反にをよひて、の, 寶治元年十一月二十六日, 略ス、, ○繪, 往生院ノ傍, ニ葬ル, 遺骸ヲ西山, 建テ觀念一, ニ多寶塔ヲ, 蓮生花臺廟, 昧院ト號ス, 寶治元年十一月二十六日, 二五一

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  • 略ス、
  • ○繪

頭注

  • 往生院ノ傍
  • ニ葬ル
  • 遺骸ヲ西山
  • 建テ觀念一
  • ニ多寶塔ヲ
  • 蓮生花臺廟
  • 昧院ト號ス

  • 寶治元年十一月二十六日

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  • 二五一

注記 (25)

  • 1191,700,82,2139嗟のおもひ淺かるへきや、閉眼の前後に人多く夢に往生の瑞相を見たてまつりけり、
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