『大日本史料』 5編 23 宝治元年10月~同年12月 p.253

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せり、後代の龜鏡と申ぬへし、聖徳太子祖師上人の夢に入て、上人の同位に蓮生か名, は如林上人とそきこえける、, 通す、あるひは嵯峨・深草、或は東山の宮の辻子、あるひは仁和寺の西谷なとゝそき, こえし、ことしけゝれはこれをのするにをよはす、西山往生院をは實信房僧衆に申談, 泰綱、遺命をうけて諸事を奉行し、父の本意にまかせて堂供養の儀を成しけり、導師, あるも、最後の比の御己證をは載られさるに、この積學抄には、つふさにこれをしる, 字を書へしと告給けるも、このゆへにやとそ覺侍る、廿六日には、嫡子宇津宮下野守, わたりて書をきたる抄物あり、積學房抄となつく、上人の御抄に自筆・他筆なとゝて, 醍醐の妙藥をあちはひけれは、廣才博覽の譽こそなかりしかとも、祖師上人所傳の宗, 義をはよくならひしりけるかと覺たり、されは一生涯聽聞の趣をのこさす五部九卷に, 〔善惠上人繪〕, 祖師上人入滅のゝちは、遺弟處々に寺院をたて、講席をひらきて、をの〳〵法門を弘, 繪略ス、, 略ス、, ○見返, ○兵庫縣淨橋寺所藏, 五, ○見返, 略ス、, ト稱ス, 蓮生積學坊, 證空ノ遺弟, 寶治元年十一月二十六日, 二五三

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  • ○兵庫縣淨橋寺所藏
  • ○見返
  • 略ス、

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  • ト稱ス
  • 蓮生積學坊
  • 證空ノ遺弟

  • 寶治元年十一月二十六日

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  • 二五三

注記 (24)

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