『大日本史料』 5編 23 宝治元年10月~同年12月 p.264

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傳持の時にいたりて、彼等の諸寺こと〳〵く和融して、四箇寺ともに行化の地となり, ぬる事、さためて本願上人の賢慮よりこそおこれりけめとおもふに、恩徳いよ〳〵頭, 播州慶妙寺にして淨上人又歸寂ありしかは、先師の素意にまかせて、附屬の券書をゝ, の歳月をゝくれり、先師在世のあひたは、晝夜に慈悲の室をいてす、造次に法空の床, をはなれさりしかは、あくまて法喜禪悦の味をなめて、あまさへ領業附財の身となり, 急なることをきゝて、いそき上洛して、師の病席に來られき、門人の上首につきて、, ぬ、最後の病床の間、種々の遺屬ありし中に、西山おなしく相續すへきよしを命せら, くらる、それよりこのかた當山の師跡を荷負すること卅餘年なり、しかのみならす、, 歡喜心院・淨橋寺・遣迎院等は、ともに祖師上人建立の寺なりといへとも、滅後には, るといへとも、示淨上人隆空、その比因縁ありて備州に經歴ありしか、師の所勞の危, 徳行しる人はなはたすくなく、教授の本旨傳る者尤稀なること、歎の中のなけき、悲, におもく、歡喜ます〳〵身にあまるものなり、これにつきても、いまの世には祖師の, こと〳〵く別相傳の所となりて、彼此の僧衆會合することもまれなりしに、貧道當山, まつ彼上人に委附せられし程に、十年はかり傳持ありて、文和四年, 二月廿八日、, 未、, 乙, 仁空同院ヲ, 嗣グ, 仁空祖師證, ヲ嗣グ, 隆空往生院, 空ノ徳行ヲ, 畫圖シテ一, 念發起ノ縁, ト爲ス, 寶治元年十一月二十六日, 二六四

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  • 未、

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  • 仁空同院ヲ
  • 嗣グ
  • 仁空祖師證
  • ヲ嗣グ
  • 隆空往生院
  • 空ノ徳行ヲ
  • 畫圖シテ一
  • 念發起ノ縁
  • ト爲ス

  • 寶治元年十一月二十六日

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  • 二六四

注記 (28)

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