『大日本史料』 5編 26 宝治2年正月~同年9月 p.134

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詣のとき、石橋於當社の別當公曉, らる、此時に及て、三代の將軍の遺跡絶し間、人々の歎悲む事申も中〳〵愚なり、これ, 討奉る、御年廿八、則討手を遣して公曉を誅せ, に依て百餘人出家す〓, 〔尊卑分脈〕, 子息、, 法名長, 頼家卿の, 清和源氏下, ○上下, 小笠原, 伴野, 略、, 百餘人出家, 寶治二年四月六日, 一三四

割注

  • 子息、
  • 法名長
  • 頼家卿の
  • 清和源氏下
  • ○上下
  • 小笠原
  • 伴野
  • 略、

頭注

  • 百餘人出家

  • 寶治二年四月六日

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  • 一三四

注記 (16)

  • 1809,634,55,849詣のとき、石橋於當社の別當公曉
  • 1688,640,61,2225らる、此時に及て、三代の將軍の遺跡絶し間、人々の歎悲む事申も中〳〵愚なり、これ
  • 1803,1672,59,1193討奉る、御年廿八、則討手を遣して公曉を誅せ
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  • 1918,2530,46,111一三四

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