Loading…
要素
ノンブル
OCR テキスト
かるへからすと云、去ル程に勝頼は馬場に命して、山際の敵に會し引とるへしと云、小山, して〓掛る、家康公の籏本酒井左衞門尉忠次・榊原小平太康政・大久保七郎右衞門忠世横, にして只一重也、信長の出勢大軍たりといへとも、籏色惡く、敗軍の機有と云、爰に於て、, を辨へさる將也、只今敗軍を見るへしと云、公又渡邊半藏を遣ス、半藏歸りて、今日の軍し, 鎗を入て小山田を追フ、勝頼馬場・山縣か勢を合て〓掛り、武田左馬介・穴山・甘利これ, に續て〓掛る、味方敗北ス、勝頼かつに乘てこれを討、信長の加勢平手監物時秀を始メ, 瀬藤藏三百餘人討死ス、夏目次郎右衞門家康公の御馬の口を取て、味方の陣に引入、鞭を, 本多肥後守・鳥井四郎左衞門・加藤次郎九郎・天野麥右衞門・岩城勘解由・河澄源五・成, 山小作壹番に鑓を入、皆馬より下り立て鑓を合ス、小山田貳百餘騎敗北ス、山縣三百餘, の宣はく、汝日頃は至剛なり、今日に至り臆するや、鳥井か曰、其剛臆はしらす、君は戰, 田備中・上原能登は、犀欠の城の押へたり、小山田か曰、犀欠の方より敵陣をみるに、備九, 先陣を小山田ニ命す、時に夕日に及フ、濱松勢の魁は石川伯耆守康昌、小山田と戰ふ、外, 騎、味方の籏本に掛立られ、三町餘り引退く、小山田また備を立替、山家三方の勢を卒, あけて退奉る、其後夏目は取て返して討死ス、家康公濱松に楯籠り給ひ、玄默口を鳥井彦, 元龜三年十二月二十二日, 一四二
柱
- 元龜三年十二月二十二日
ノンブル
- 一四二
注記 (16)
- 1600,626,60,2288かるへからすと云、去ル程に勝頼は馬場に命して、山際の敵に會し引とるへしと云、小山
- 893,616,63,2294して〓掛る、家康公の籏本酒井左衞門尉忠次・榊原小平太康政・大久保七郎右衞門忠世横
- 1366,625,61,2245にして只一重也、信長の出勢大軍たりといへとも、籏色惡く、敗軍の機有と云、爰に於て、
- 1716,618,62,2293を辨へさる將也、只今敗軍を見るへしと云、公又渡邊半藏を遣ス、半藏歸りて、今日の軍し
- 777,617,62,2286鎗を入て小山田を追フ、勝頼馬場・山縣か勢を合て〓掛り、武田左馬介・穴山・甘利これ
- 661,619,62,2242に續て〓掛る、味方敗北ス、勝頼かつに乘てこれを討、信長の加勢平手監物時秀を始メ
- 425,615,63,2290瀬藤藏三百餘人討死ス、夏目次郎右衞門家康公の御馬の口を取て、味方の陣に引入、鞭を
- 544,616,62,2290本多肥後守・鳥井四郎左衞門・加藤次郎九郎・天野麥右衞門・岩城勘解由・河澄源五・成
- 1132,620,63,2294山小作壹番に鑓を入、皆馬より下り立て鑓を合ス、小山田貳百餘騎敗北ス、山縣三百餘
- 1830,630,64,2281の宣はく、汝日頃は至剛なり、今日に至り臆するや、鳥井か曰、其剛臆はしらす、君は戰
- 1482,624,60,2286田備中・上原能登は、犀欠の城の押へたり、小山田か曰、犀欠の方より敵陣をみるに、備九
- 1248,615,63,2293先陣を小山田ニ命す、時に夕日に及フ、濱松勢の魁は石川伯耆守康昌、小山田と戰ふ、外
- 1010,615,61,2287騎、味方の籏本に掛立られ、三町餘り引退く、小山田また備を立替、山家三方の勢を卒
- 310,621,62,2286あけて退奉る、其後夏目は取て返して討死ス、家康公濱松に楯籠り給ひ、玄默口を鳥井彦
- 1953,736,46,472元龜三年十二月二十二日
- 1946,2454,47,108一四二







