『大日本史料』 1編 22 寛和元年正月~3月 p.315

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家まてわつらひもてこしに、かの家の人一人もやむことなし、たくみの事なれは、か, よ〳〵有かたくて、賽に山に上てかくかたりける、, 又おなし比ほひ、越前國に疫災をこりて、國人をほく身まかりける、一人の小工有け, けるといひしに、いさたのみしかたさらになし、たゝ大師小僧と現し水ほさせ給へる, ならんと、いと有かたく思ひしに、その年のなりはひいつよりもよかりしかは、い, る、ちかき比山に登り、元三角形の御影を求て歸り、門にをしけるに、前後左右の隣, のなりはひよきやうにといのりしに、かへさの道より雨風はけしく、みをさかのほり, の有やうにて、小苗の一葉もかたふかて、いとあをやかにをひしけりけれは、いかな, つゝ、洪水岡をこへて、梢に魚求むはかりにて、村里の荒田かすをしらす、ことに河, 内はよにこえたりと聞は、我田もさそと思ひつゝ、歸りてみるに、沖に少きはなれ島, る事にかと思ふに、里の者のいふは、そこの田には、いつこよりきたりけむ、小僧あ, またあつまり、水のみかさほさせとて、水をかへほしける、いかなる人をかたのみを, 寛永年中の事にや侍らむ、河内國の民、横川にまうてゝ、我稻田旱水にもあはす、年, テ水難ヲ免, 慈惠大師影, 越前ノ小丁, 横川ニ詣シ, 河内ノ住人, ヲ門戸ニ貼, リテ疫災ヲ, 免ル, ル, 寛和元年正月三日, 三一五

頭注

  • テ水難ヲ免
  • 慈惠大師影
  • 越前ノ小丁
  • 横川ニ詣シ
  • 河内ノ住人
  • ヲ門戸ニ貼
  • リテ疫災ヲ
  • 免ル

  • 寛和元年正月三日

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  • 三一五

注記 (24)

  • 250,661,66,2180家まてわつらひもてこしに、かの家の人一人もやむことなし、たくみの事なれは、か
  • 764,667,59,1275よ〳〵有かたくて、賽に山に上てかくかたりける、
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