『大日本史料』 11編 7 天正12年4月 p.780

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九月十六日まてとあり、, 日の戰は止にける、斯て小田原勢はまた太平山へ登り、陣を取、何れにも, し、實に六十日の長陣となりける、, 出す、其音は百千の雷の落るかことし、小田原勢は二百人計打〓されて、, なし、出陣の勢の後手、城中のよふすを見改め、其上にて謀事を廻し、夫よ, り山田、下皆川邊の民屋をこわして取寄、陣屋を作りて長陣の用意をな, 等三百餘騎、鐵炮のものを隨ひ、馬手の方岩倉山の方より筒先揃ひて打, 風替りて霧晴れなは、皆川の城の固めの内見下し、此所にまさる場所は, 島藤右衞門、堤島彦太郎、柴田掃部介、高田左京之進、手束新七、金澤藤四郎, 義雄先年我籏下を背き、皆河と心を合せる社寄悦なり、節を伺ひ、壬生義, たまり兼、暫く引退て、互と見合せ給ふ、其内に日は西山に傾きけれは、其, 小田原實記には、百日の長陣とあり、皆川諸士記には、七月十六日より, 壬生家の本間と黒川計略の吏, 一偖も佐竹義宣は、大和田の陣に居て申けるは、皆河家は格別、壬生上總介, 雄と一戰いたすへしと評定なしけるに、何者の是を告たりけん、壬生家, 天正十二年七月十五日, 長陣トナ, 七八〇

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注記 (18)

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