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としけるを、池田左馬允手綱にすろりて引て行、參河守刀を拔て、む浮を以、, 餘、淵上に梟并へ、夫より草野方へ押への勢, 波多ろ頼切たる勇士十六人引返し、こはいろ成御事にて候や、命を捨るも, 五百餘人, る敵と防ぎ戰ひたり、參河守は、是非討死せんと、馬の鼻を引返し蒐出のん, 大勢走りより、色々に手を摺留めければ、力なく止て、濱崎さして引退く、是, 時により候とて、馬の口を取て北の方へ引向け、面々は跡にのかりて、逐來, の勢に取籠られ、叶はじとや思ひらん、皆散々に落行はれば、信種は暫く草, 池田か冑の鉢を、破よ碎けよと二打三打うちられ共、冑よくれば不摧、其時, は兩家和睦有、堺目も無事なり〓るに、今年不慮の合戰出來て、双方の死人, に懸合せける、草野方此後攻に力を得、城戸を開て打出たり、波多が勢内外, 野に滯留す、抑波多、原田旗下領地の爭論に付て、せり合度々なりしが、頃年, 手負は數を不知、是併兩家衰微の基なるべし, 迄も高祖勢追來りければ、池田左馬允、大川野玄蕃允、岡八郎、金子市郎左衞, と、諸人言あへりしが、果して幾程なく關白秀吉公の爲に、兩家沒倒けれけ, 等十餘人討死す、其〓に參河守は、唐津まで引取, にくり、信種は討取首三百, 門, 天正十二年三月十三日, ○筑前國續風土記、金子, ○筑前國續風土記、, 市郎左衞門ヲ載セズ、, 七百餘人ニ作ル、, 一本, 四百, 兩氏ノ衰, 原田波多, 信時唐津, ニ引取ル, 微, 天正十二年三月十三日, 八九六
割注
- ○筑前國續風土記、金子
- ○筑前國續風土記、
- 市郎左衞門ヲ載セズ、
- 七百餘人ニ作ル、
- 一本
- 四百
頭注
- 兩氏ノ衰
- 原田波多
- 信時唐津
- ニ引取ル
- 微
柱
- 天正十二年三月十三日
ノンブル
- 八九六
注記 (32)
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