『大日本史料』 10編 11 元亀3年12月~同年是歳 p.266

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勢は大軍亂れ立、敵味方を辨へかねて、味方打する者も多かりけり、, 冑を枕として前後忘れて伏したる所に、鐵炮の音・関におどろきて、あわてる事斜なら, 乘替口取りて引出しけれは、信玄是を見て、早くも仕たりと、ひらりと乘り、馳セ出ベ, よく知たり、間道を廻りて信玄の陳所犀峪に忍び寄セて、敵の後より鐵炮を打ちかけ、開, を揚げたり、敵兵終日戰ひ疲れたり、濱松勢は戰ひ負けけれは、寄セ來る事思ひよらず、甲, て、手負・死人二千餘人、大久保・天野はよき程に戰て、輕く人數を引上げけれ共、甲州, は甲を〓て臥したりしが、鐵炮の音・鬨を聞て、起上りさまに甲を着し、忍びの緒しめ, ず、濱松勢は氣に乘て、鐵炮しきりに打かけたり、武田勢は敵小勢とは知らずしてさわぎ, 立ち、我先きにと迯げけるが、闇はくらし、空曇りて道は見へず、殊に不案内なれは、犀, ながら、乘替へ引けと呼はりければ、山懸昌景は、自身六具ひしとさしかため、信玄の, 亦曰、大久保・天野夜討して、鐵炮を打ちかけけれは、甲州勢亂れ立つとき、武田信玄, つゞゐて落ける程に、人馬共にやが上に落重りてふみ殺され、或は太刀・長刀に〓ぬかれ, 峪へ落入りけるを、甲州勢は爰に道ありとや思ひけん、親落れは子も落ち、主落れは郎等, としける所、昌景轡を引留め、今樣の夜討に大將の輕々しく下知し給ふ所にてなし、, 元龜三年十二月二十二日, 玄ヲ留メテ, 山縣昌景信, 退カシム, 元龜三年十二月二十二日, 二六六

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  • 玄ヲ留メテ
  • 山縣昌景信
  • 退カシム

  • 元龜三年十二月二十二日

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  • 二六六

注記 (20)

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