『大日本史料』 11編 9 天正12年9月 p.75

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つめたる躰にもてなし退にけり、, しき所をはせさる、是良將の云爲也、味方勝に乘て、追打に討て行けるを、利家長追はしす, 事を夢にも知すして、取掛討んと云しを制し給ひしは、明將なり、すへき所をは物し、すま, 者なれは、更に〓るへからす、殊に勝利は得つ、まけはら立たる勢にはかまはぬか能そ、唯, はし戰侍るへう候、然は歸し來り被決勝負候へ、城はなんなくかつき可申となり、利家此, あらす、彼は齋藤甚介、寺嶋牛之介とて兄弟なるか、弓矢取ての名士なり、卒爾に碎れさる者, 共いさあの勢を追散し、討捕んと望みけるを、利家いや〳〵度を失てのきをくれたる敵には, そ、其上思ひ切たる勢を挫けは、能勇士をあまた失ふ物也とて、一人も出し給はされは、取し, 藏助旗本七八千之勢を左右にしたかへ、足をも亂さす、まつくろに成てそ歸し來りける、, な、はや〳〵歸り候へと、使番を以再三とめ給ふ處に、案のことく逃る勢をはにけさせ、内, されはこそ長追せし者共、徳山源七郎、堀喜一郎、其弟左太郎、今宿印齋、其外十騎計歸し, 來る先勢に跡を取きられ、一人も不殘討れにけり、敵これに氣を得、いさみに勇て歸し來, たるいきほひは、こと〳〵しくそ見えにける、利家仰けるは、佐々も信長公の取立給ひし, 或曰、兩年のゝち聞之、件之時甚介、牛之介方より、内藏助へ使者を以云けるは、是にてし, 悉く退散せしに、一備のきをくれたるに似て、又左もなく用有かほに見えたる勢有、溢れ者, 天正十二年九月十一日, 天正十二年九月十一日, 七五

  • 天正十二年九月十一日

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  • 七五

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  • 1233,641,60,2200はし戰侍るへう候、然は歸し來り被決勝負候へ、城はなんなくかつき可申となり、利家此
  • 1693,580,59,2262あらす、彼は齋藤甚介、寺嶋牛之介とて兄弟なるか、弓矢取ての名士なり、卒爾に碎れさる者
  • 1808,583,59,2248共いさあの勢を追散し、討捕んと望みけるを、利家いや〳〵度を失てのきをくれたる敵には
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