『大日本史料』 5編 34 建長2年11月~同年雑載 p.258

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堂領と, 〔新編相模國風土上記稿〕, 晦日、初夜鐘以後、自下匠寶〓藏、奉古正印、奉上御山、御共三綱一人・正印預・禰宜〓, 今建長土寸塔頭に屬す、開建は建長二年、, 々、御共所司座、舞殿西柱下敷之に、, 出來、永正十七年再興、佛師下野法眼如圓、建長役人徳順判、興瑚判と記せりと云ふ、, 也、上自大坂、奉彑寶前幣殿上、次敷祝筵、三綱坦祝、了渡内廊樽、奉納正印於御倉二云, 〓〓・倶生神・奪衣婆・惡鬼等の像を置く、, 新居問〓〓堂新居山圓應土寸と號す、, 開山は臼罫、此舊は田比ケ濱大鳥〓の東南に在しと云、其頃迄は別當修驗者にて寶藏〓, 其家可爲一日穢云々、仍俄眞尊參之、, と云しとそ、今の小袋坂の南邊に移せし年代は近世の事と覽ゆれとも詳ならす、, 建長二年十二月晦日、正印御共三綱、性禪差疋之、而彼家死人頭〓骨在之、白骨雖出, 同三年正月一日、性禪山仕也、, 抄寛文十三年〓の像を修補せし時、腹内より舊き片紙を見出せり、夫に建長二年, 棚, 「{, 〓王寺に作る, 八十一村里部鎌倉郡十三, 山之内莊山之内村, 行せし鎌倉志には、由比ケ濱に在と記, 舊像は、共に運慶作、, 委く辨, 今は然らず、猶下に, 按するに、, 鎌倉年中行事には, 貞下子の初刊, したれば、猶夫より後の事としらる、, 按するに、應安明應の頃、逆浪の爲に、迚宇及ひ、木像等亡失せしを、後漸々に再興ありしなり、然に倶生, 神・奪衣婆・惡鬼等の像は、古のまゝにて、運〓の作なりと五傳ふれと、是も亦永正の頃再造せしものなり, す、, 〓寅, 出仕ヲ穢〓, 石清水八幡, 宮寸三綱ノ, 新呂〓堂, 依リ止厶, 建長二年雜載佛寺, 二五八

割注

  • 〓王寺に作る
  • 八十一村里部鎌倉郡十三
  • 山之内莊山之内村
  • 行せし鎌倉志には、由比ケ濱に在と記
  • 舊像は、共に運慶作、
  • 委く辨
  • 今は然らず、猶下に
  • 按するに、
  • 鎌倉年中行事には
  • 貞下子の初刊
  • したれば、猶夫より後の事としらる、
  • 按するに、應安明應の頃、逆浪の爲に、迚宇及ひ、木像等亡失せしを、後漸々に再興ありしなり、然に倶生
  • 神・奪衣婆・惡鬼等の像は、古のまゝにて、運〓の作なりと五傳ふれと、是も亦永正の頃再造せしものなり
  • す、

頭注

  • 〓寅
  • 出仕ヲ穢〓
  • 石清水八幡
  • 宮寸三綱ノ
  • 新呂〓堂
  • 依リ止厶

  • 建長二年雜載佛寺

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  • 二五八

注記 (39)

  • 143,1357,27,86堂領と
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