『大日本史料』 5編 35 建長3年正月~同年7月 p.311

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そへられける、土御門の内裏のかハりける例とそ聞えし、地形せはくて紫宸殿の間數を, 古今者聞集, らためて大内に摸して、紫宸・清凉・宜陽・校〓畫殿・場・陣座なと要須の所〳〵たて, 此人々の影をかハれけり、彼麒麟係に功臣を圖せられたる跡をおはれけるにや、始ハ色, 寔・班回、同三、桓榮・鄭玄・蘇武・倪寛、同二、董中舒・文翁・賈誼・叔孫通、自西一、等也、, 皇居燒に、即造内裏ありけるに、本ハ尋常の式の屋に松殿作らせ給たりけるを、此度あ, 南殿の賢王障子ハ寛平御時始てかゝれけるなり、其の名田といふハ、馬用・房玄齡・杜, しゝめられける時、賢田の影も少々被田けり、建長の造内裏の時、少々又用拾せられけ, 銘何比よりかゝれすなれるにか、當時ハみえす、色紙形はかりそ侍める、承〓に閑院の, 伊尹・傅説・太公望・仲山甫、同四、▽千勣・虞世南・杜預・張華、自西四、羊祐・揚雄・陳, 紙形に銘をかハれたりけり、されハ道風朝臣の瘴文にも、七度けかせるよし載たり、其, 如晦・魏徴、自東一、諸芦禽亮・遽伯玉・張良・第五倫、同二、管仲・劉禹・子丁産・集何、同三, 次良光立御興前奉仕反閉、, 清凉殿前、亦擱些品几施術了退出、於場給祿、, 【南階前擱些呂几施術、經明義仙華吉到, ○宮内廳書〓部本, 十1書畫第十六, 渡之、到南牛乳血藏被渡之、, 先之奉仕散供、用〓行事所被, 子/經, 紫長殿ノ障, 建長三年六月二十七日, 三一〓

割注

  • ○宮内廳書〓部本
  • 十1書畫第十六
  • 渡之、到南牛乳血藏被渡之、
  • 先之奉仕散供、用〓行事所被

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  • 子/經
  • 紫長殿ノ障

  • 建長三年六月二十七日

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  • 三一〓

注記 (23)

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