『大日本史料』 5編 18 寛元2年8月~同3年4月 p.38

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

とも、賢圓傳さりけれハ、孝博の子孫そんするにをよはす、妙音院ハ、桂の方をも傳させ, てしらせ給ぬ、公相ハ、孝時か御師にハまいりけれハ、孝博かしそんたるによりて、この, 給によりて、大宮のをとゝハ給せ給にけり、公經ハ、御遊の時かの御くてんを給はらせ給, に、かならす將律調とてする事の侍けるを、經信大納言のなかれにハ、これを習傳といへ, 事をせす、これ父孝道か口傳也、家につたへぬ曲なれハ、譜にハあれともしらめす、やう, 餘年御てをふれぬ御事、一調一曲なれともかやうに御わすれ侍へらぬ、返〳〵ふしきに, めつらかなる御事也、いま君の一曲をしらめさせをハしますをもて存するにハ、法深か, けり、その時禪閤、さらハをい入道こそ家の説をさつけめとて、御かたわらにたてをかせ, 〳〵日數ちかつきて、今出川の御亭にて御習禮のありけるとき、公相□事をせさせ給, 然にして仙樂を聞か如し、耳しハらく明也とて、さま〳〵稱美申上て、袖をしほる、, 萬曲さらにものゝかすならす、さいわいにいま妙音院の古風にあひたてまつるこそ、冷, ハさりけり、禪閤いかにとたつね申させ給しに、御前に候孝時入道、しか〳〵の子細を申, 〓院御時、後京極殿御女にて、東一條院御入内ありき、主上御比巴さたありて、この御譜, 給みなくわの御比巴、名をハ風爐丸とそ號ける、これをめしよせて、御譜なとひらかせ給, にもをよはす、やかてさつけ申させ給、この時に孝時袖をあけ、〓をおさへて申云、六十, 順, ○中, 「孝時感申事」, 略, 技ニ感ズ, 孝時公經ノ, 寛元二年八月二十九日, 三八

割注

  • ○中
  • 「孝時感申事」

頭注

  • 技ニ感ズ
  • 孝時公經ノ

  • 寛元二年八月二十九日

ノンブル

  • 三八

注記 (23)

  • 1692,634,62,2156とも、賢圓傳さりけれハ、孝博の子孫そんするにをよはす、妙音院ハ、桂の方をも傳させ
  • 1492,638,62,2156てしらせ給ぬ、公相ハ、孝時か御師にハまいりけれハ、孝博かしそんたるによりて、この
  • 1589,631,66,2165給によりて、大宮のをとゝハ給せ給にけり、公經ハ、御遊の時かの御くてんを給はらせ給
  • 1791,634,64,2143に、かならす將律調とてする事の侍けるを、經信大納言のなかれにハ、これを習傳といへ
  • 1391,631,64,2170事をせす、これ父孝道か口傳也、家につたへぬ曲なれハ、譜にハあれともしらめす、やう
  • 747,645,68,2159餘年御てをふれぬ御事、一調一曲なれともかやうに御わすれ侍へらぬ、返〳〵ふしきに
  • 652,658,64,2150めつらかなる御事也、いま君の一曲をしらめさせをハしますをもて存するにハ、法深か
  • 1061,640,65,2164けり、その時禪閤、さらハをい入道こそ家の説をさつけめとて、御かたわらにたてをかせ
  • 1278,635,65,2171〳〵日數ちかつきて、今出川の御亭にて御習禮のありけるとき、公相□事をせさせ給
  • 418,648,66,1998然にして仙樂を聞か如し、耳しハらく明也とて、さま〳〵稱美申上て、袖をしほる、
  • 535,647,65,2166萬曲さらにものゝかすならす、さいわいにいま妙音院の古風にあひたてまつるこそ、冷
  • 1162,656,64,2147ハさりけり、禪閤いかにとたつね申させ給しに、御前に候孝時入道、しか〳〵の子細を申
  • 303,658,69,2159〓院御時、後京極殿御女にて、東一條院御入内ありき、主上御比巴さたありて、この御譜
  • 963,643,69,2162給みなくわの御比巴、名をハ風爐丸とそ號ける、これをめしよせて、御譜なとひらかせ給
  • 852,657,62,2150にもをよはす、やかてさつけ申させ給、この時に孝時袖をあけ、〓をおさへて申云、六十
  • 433,2760,54,55
  • 459,2659,38,83○中
  • 904,642,42,251「孝時感申事」
  • 416,2662,40,34
  • 809,268,41,159技ニ感ズ
  • 852,268,41,202孝時公經ノ
  • 1902,697,45,419寛元二年八月二十九日
  • 1913,2366,42,71三八

類似アイテム