『大日本史料』 6編 2 建武元年10月~延元元年正月 p.582

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其人にもあらぬ目代をさして國をおさめしかは、いかての亂國とならさ, 功なしといへとも、いにしへよりはいきほひある輩を名けられんために, ほと〳〵其名はかりに成ぬるもあり、是みな功にほこれるともから、君を, おとし奉るによりて、皇威もいとゝかろくなるのと見えたり、かゝれは其, よせんと奏せしを、終にゆるされす、光仁天皇は、永神社佛寺によせられし, を聞せ給ひて、記録所をおかれて、國々の莊公の文書をめして、おほく停廢, らん、いはんや文治のはしめ、國に守護職を補し、莊園郷保には地頭をおか, のしる所百分か一に成ぬ、のちさまには、國司任におもむく事さへなくて、, せられしかと、白河鳥羽の御時より、新立の地いよ〳〵おほくなりて、國司, の事なり、今は本所の領といひし所々さへ、みな勳功に混せられて、累家も, か、或は本領なりとて給へるもあり、或は近境なりとて望むもあり、闕所を, 地をも、永の字は一代にかきるへしとあり、後三條院の御世こそ、此ついへ, そ、ぬるきつひえをもあらためられぬへかりしかと、それまてはあまさへ, れしより此かたは、更に古へのすかたと云ことなし、政道をおこなはるゝ, みち、こと〳〵くたえはてにき、たま〳〵一統の世にかへりぬれは、此たひ, 田邑ヲ冐, 舊弊ヲ〓, 革スルコ, 將士跳梁, 一統ノ後, 占ス, ト能ハズ, 建武二年八月三十日, 五八二

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  • 田邑ヲ冐
  • 舊弊ヲ〓
  • 革スルコ
  • 將士跳梁
  • 一統ノ後
  • 占ス
  • ト能ハズ

  • 建武二年八月三十日

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  • 五八二

注記 (24)

  • 1206,655,60,2201其人にもあらぬ目代をさして國をおさめしかは、いかての亂國とならさ
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