『大日本史料』 6編 2 建武元年10月~延元元年正月 p.972

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く成候はゝ、法にて候、御具足を預り申さんと云けれは、親光か云く、我等御, まに切れたりけるか、大事の手なりけれは、鉢卷にて頭をからけ、輿に乘て, 細なく大友御對面の後可進のよし云て、太刀をうけとらんとする所に、さ, に死す、敵たしぬく所にて、心はやく打合て、即時に討取、其身も將軍の御爲, はなくて馳並て、拔打に切間、大友すきをあらせす、むすとくむて、親光は其, 方に參は、頓て一方をも仰を蒙て、忠節を致すへきにて候、戰場にをいて具, やうに、はからひ給へとて、帶する太刀を指上て、河を西へかけ渡す、其時、子, 足を進せん事、面目なしといへとも、御邊を頼み奉るうへは、恥辱に成らぬ, 覺し、されは、弓矢に携る人々は、皆天晴勇士也、誰もかくこそありたけれと, は、遙に聞計也、近くは親光か忠節を盡しける、最後の振舞、昔も今も難有そ, 場にて討る、同親類一所にて、十餘人引組々々討死す、大友は目の上を、横さ, て、〓を流し、讚ぬものこそなかりけれ、同盆戸下野守も討死す、大友は翌日, に、命を捨ける振舞、縱ていはむ方そなき、, 親光か頭を持參しける、事の體、誠に〓ゝしくそみえし、彼樊於期、豫讓か事, 〔野上文書〕, ○諸家文, 書纂所收, ノ忠烈ヲ, ト鬪ヒテ, 死ス, 激賞ス, 親光貞載, 貞載創ヲ, 時人親光, 被フリテ, 降人ノ作, 死ス, 法, 延元元年正月十一日, 九七二

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  • ○諸家文
  • 書纂所收

頭注

  • ノ忠烈ヲ
  • ト鬪ヒテ
  • 死ス
  • 激賞ス
  • 親光貞載
  • 貞載創ヲ
  • 時人親光
  • 被フリテ
  • 降人ノ作

  • 延元元年正月十一日

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  • 九七二

注記 (30)

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