『大日本史料』 6編 3 延元元年正月~建武3年12月 p.94

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いにしへの二のたまのひかりこそくもらぬ神のこゝろ也けれ, この御代はにしの海よりおさまりてよもにはあらき波風もなし, 之趣、玄應太速、冥助掲焉、因致一心懇信、詠二首和歌、, いにしへは人の國まてなひきける神のめくみも今そしらるゝ, 之時、四海屬無爲之化、仍以二首篇詠、備一心之法樂矣, 神功皇后宮者、本朝鎭護之大廟、外國降伏之靈祠也、先年參詣之時、中懷祈願, 建武四年十一月十五日權大納言源朝臣尊氏判, 神かきは八重のしほちをへたつれとこゝろつくしに今もわすれぬ, 康永三年十二月十五日, 右去年二月、將軍家鎭西御下向之刻、忠能長州赤磨關令馳參、即供奉仕、, 西國下向之時、參詣長門國神宮皇后之社壇、歸洛之後不經幾日、一天得靜謐, 從三位行左兵衞督兼相摸守源朝臣直義判, 〔榊原家所藏文書〕就, 二日多々良濱合, 延元元年二月十二日, 戰ノ條ニ收ム、, 文末尾、年, 月日闕ク, 略、本, ○下, 戰ノ條ニ收ム、, 二日多々良濱合, 長門豐浦, 宮二詣ヅ, 尊氏直義, 尊氏ノ歌, 直義ノ歌, 九四

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  • 文末尾、年
  • 月日闕ク
  • 略、本
  • ○下
  • 戰ノ條ニ收ム、
  • 二日多々良濱合

頭注

  • 長門豐浦
  • 宮二詣ヅ
  • 尊氏直義
  • 尊氏ノ歌
  • 直義ノ歌

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  • 九四

注記 (28)

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