『大日本史料』 9編 4 永正9年4月-永正10年12月 p.91

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

り出現していはく、神をうやまふもの多しといへとも、汝に過たなものな, へし、其譽を子孫に傳よと御示現ありて、そのうへ内陣より鎚鑽を白砂へ, し、其威徳に汝か念するほり物を三國双なき名人になして、末代至寶と成, て心を温和ならしむるの徳あり、其鑿痕疎なるがどくにして、密に神機活, 抛被下、此たか手こて彫たらは、惡魔も恐レ驚キ、色々奇特共あるるしとて、, 柳風になびき、太液乃芙蓉露にそゝぐがどく、品高く趣風流に、玩ぶ人をし, 守護神なれは、稻荷大明神へ三ケ月詣し、又三年月詣し、亦百日詣し、其後百, 動、實に此工乃聖といふべし、其下世五月七日なるを以て、今に月々乃七日, もおとろかす、歩みこえ、於神前に精誠乃祈誓を申けれは、十八女性社檀よ, 日丑の時詣し、まんする夜、鳥居の下にたけ二丈計の牛、道にふし告るを、少, が評せしどく、美にして善なるものなり、今其光景をおもふに、所謂未央乃, に、其監記を出さる、, しめしを、後ノ小松院御宇に、應永の比、祐乘といふ人寵愛し、則細工の家の, れて、其巧人爲に出ず、今これをものにたとふまに、峨眉天外雪中看と、元美, 〔後藤家作物之傳〕夫目貫校〓とい〓は、神代より刀脇指道具にそへは, 稻荷大明, 神ニ祈請, ス, 永正九年五月七日, 九一

頭注

  • 稻荷大明
  • 神ニ祈請

  • 永正九年五月七日

ノンブル

  • 九一

注記 (20)

  • 682,621,59,2198り出現していはく、神をうやまふもの多しといへとも、汝に過たなものな
  • 450,628,62,2183へし、其譽を子孫に傳よと御示現ありて、そのうへ内陣より鎚鑽を白砂へ
  • 564,619,64,2198し、其威徳に汝か念するほり物を三國双なき名人になして、末代至寶と成
  • 1609,632,64,2198て心を温和ならしむるの徳あり、其鑿痕疎なるがどくにして、密に神機活
  • 336,616,61,2223抛被下、此たか手こて彫たらは、惡魔も恐レ驚キ、色々奇特共あるるしとて、
  • 1725,629,65,2197柳風になびき、太液乃芙蓉露にそゝぐがどく、品高く趣風流に、玩ぶ人をし
  • 1030,624,61,2200守護神なれは、稻荷大明神へ三ケ月詣し、又三年月詣し、亦百日詣し、其後百
  • 1494,623,65,2200動、實に此工乃聖といふべし、其下世五月七日なるを以て、今に月々乃七日
  • 796,626,62,2202もおとろかす、歩みこえ、於神前に精誠乃祈誓を申けれは、十八女性社檀よ
  • 912,627,62,2198日丑の時詣し、まんする夜、鳥居の下にたけ二丈計の牛、道にふし告るを、少
  • 1841,640,65,2188が評せしどく、美にして善なるものなり、今其光景をおもふに、所謂未央乃
  • 1385,638,54,559に、其監記を出さる、
  • 1145,628,63,2194しめしを、後ノ小松院御宇に、應永の比、祐乘といふ人寵愛し、則細工の家の
  • 1958,634,68,2198れて、其巧人爲に出ず、今これをものにたとふまに、峨眉天外雪中看と、元美
  • 1245,574,101,2258〔後藤家作物之傳〕夫目貫校〓とい〓は、神代より刀脇指道具にそへは
  • 1089,266,43,170稻荷大明
  • 1045,264,41,173神ニ祈請
  • 1007,270,30,30
  • 237,701,43,339永正九年五月七日
  • 234,2437,44,65九一

類似アイテム