『大日本近世史料』 近藤重蔵蝦夷地関係史料 3 p.160

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ひ給りける、此故にその漁獵の術をまなはんとて近よれは教しへ果さすして、夷人等を嫌給ふにや, 此地をさらせ給ふ、其神の妻人わきて美色なりしか、手にいろ〳〵の文理あり、それ故に彼神の徳, とあり、往昔かゝる者すみしや、いつれその傳聞のふるき據あるへし、近年魯齊亞人來り寓せし頃、, チヤ神の婦人くな手に文理をなせしをめつらしく思るて、うつしならひたるなるへし、又コツチヤ, 土中を堀入れて家を造れりと、彼國へ近き故に古も渡り住しをかく誤傳ふるか、將又今たにも五色, 神の舊址を堀れは、黒く通明なる玉の破れたる、又は石弩、雷斧等の類ひ、後世に辯しかたき石器, にいろとることしらさる夷人なれは、況やそのむかし文をなせるわさはよも知るましき也、其コツ, ツプ地名のシヨンゴ夷人の名かたりき、, をしたひ、その状をうつし傳へて、女夷とも今にいたるまて文身せりと古老の傳説なり、其住給ふ, 舊址所こに在り、其土中より陶器の碎けたる、又は玉の類ひ、種この寶堀出すことありとノツカマ, ふ、此神漁獵のみちに通力を得給ひ、土舍に住給ふけるか、夷等に魚類・獸肉なとを其窓よりあた, 日本紀神武天皇己未年二月條下曰、高尾張邑有土蜘蛛、其爲人也身短而手足長、與侏儒相類、下略、, 種々出ることあり、シヤモコタン地名ノチクサ夷人名いへらく、コツチヤ神の比は小刀なけれは此ア, ジを以て切しといへり、, 玉, こつちやかも, 婦人文身ノ起, い舊趾, 源, 附録(一), 一六〇

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  • こつちやかも
  • 婦人文身ノ起
  • い舊趾

  • 附録(一)

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  • 一六〇

注記 (21)

  • 1680,558,76,2365ひ給りける、此故にその漁獵の術をまなはんとて近よれは教しへ果さすして、夷人等を嫌給ふにや
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