『大日本史料』 6編 3 延元元年正月~建武3年12月 p.413

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小大夫と云ひける者、勇で大將の御命に替り候とて、馬蹈放て汀に獨殘て, まれける中にも、卿公定禪、弟帶刀先生, 手繁かりけれは、馬を打ひたして、本の船に乘ける處に、讚岐の國人新野見, つくり、上矢の鏑響しかは、六種の震動も是には過しとそ覺えし、是を見て, の御方共左右なくおりさりける所に、細川の人々從弟兄弟、我も〳〵と進, 敵の先陣一矢も射す引退く間、次の陣に、先立の二騎は、馬の足を并て懸り, 町計を隔てたれは、船よりは棧敷の前の見物にてそありし、御座船の鼓の, て、船より馬を追ひ下して打乘、先八騎にて大勢の中へ入て戰ひけるか、敵, の在家より煙あかりしかは、大道もたまらす、山の手も又かくの如し、去程, 亂聲聞えしかは、海上よりつくり始めし時の聲を、陸地の大勢受取て三度, しを討せしと、跡の大勢つゝきし程に、和田の御崎の合戰破れて、兵庫の端, に、四國の勢、兵庫の敵を落さしとて、生田の森の邊よりあかりける所に、義, 貞兵庫の戰に打負て、三千騎計にて引けるに行合たり、敵は馬に乘る間、船, 郎、黄威の鎧は同對馬小次郎、共に若年の者にてそ有ける、陸と船との間一, 黄威の鎧著たり二騎なから少貳か親類なり、母衣掛けたるは武藤豐前次, 古山、杉田、宇佐美、大庭を先とし, ○直, 俊, ノ京軍先, 生田森ヨ, ヅ敗ル, 四國ノ兵, リ上陸ス, 和田御崎, 細川定禪, 等義貞ヲ, 海陸呼應, 要撃ス, ス, 延元元年五月二十五日, 四一三

割注

  • ○直

頭注

  • ノ京軍先
  • 生田森ヨ
  • ヅ敗ル
  • 四國ノ兵
  • リ上陸ス
  • 和田御崎
  • 細川定禪
  • 等義貞ヲ
  • 海陸呼應
  • 要撃ス

  • 延元元年五月二十五日

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  • 四一三

注記 (31)

  • 233,636,63,2201小大夫と云ひける者、勇で大將の御命に替り候とて、馬蹈放て汀に獨殘て
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  • 350,639,64,2202手繁かりけれは、馬を打ひたして、本の船に乘ける處に、讚岐の國人新野見
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