『大日本史料』 6編 3 延元元年正月~建武3年12月 p.865

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しみ榮けるこ勢目出度けれ、, 年に朝敵を平けし、其間の合戰五箇年也、彼政道を傳聞に、賞罰分明にして、, るへきよし、仰出されし間、下御所殊に喜悦有けれは、師直并故評定衆、各忝, き將軍の御詞を感し奉て、〓を拭はぬ輩はなかりし、唐堯虞舜き、異朝の事, しけかりし事いと不便也、當代は人の歎きなくして、天下おさまらん事、本, なれは、是非に不及、末代にも、かゝる將軍に生れ合奉りて、國民屋を並べ、樂, て、氏族の輩以下疑心を殘しける程に、さしたぬ錯亂なしといへとも、誅罰, さん輩に於ては、殊更莫大の賞を行なはるへき也、此趣を以、面々扶佐し奉, 先賢の好する所なり、しのりといへとも、尚以罰の苛き方多のりき、是に依, て、萬民の歎いふ計なかりしをさけん爲に、治承四年に義兵を發し、元暦元, 〔參考〕, 豆の國に於て辛勞して、義兵の遠慮をめくらせし時に、平家惡行無道にし, 式少々定められける時、將軍仰られけるは、昔を聞に、頼朝卿廿箇年の間、伊, 意たるあ〓た、今度は怨敵をもよくなためて、本領を安堵せしめ、忠功を致, 〔續本朝通鑑〕, 是圓、不詳爲何者、蓋明法道之餘流乎、其跋曰、是, 後醍醐天皇, 百二十九, 尊氏寛大, ヲ尚ブ, 建武三年十一月七日, 八六五

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  • 後醍醐天皇
  • 百二十九

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  • 尊氏寛大
  • ヲ尚ブ

  • 建武三年十一月七日

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  • 八六五

注記 (22)

  • 468,643,60,854しみ榮けるこ勢目出度けれ、
  • 1517,628,86,2224年に朝敵を平けし、其間の合戰五箇年也、彼政道を傳聞に、賞罰分明にして、
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