『大日本史料』 6編 5 暦応元年8月~暦応2年12月 p.117

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押申させ給へなと見えたるをおもふに, ゐたりしの、宮の中將の御下向の事を聞て、始て御みかたにまゐり候へき, 官軍に出會て、一合戰にも及はす、あはてゝ本國に引入りし故、其ことを中, 重かかたにも折ふしさりかたき事さしおこりしあひた、人々に申談する, かてまいり候へく候ところ云々とは右らの事に付て、中將なを武重ニ仰, 合さるへき事ありてめされし故、やかてまいらんとはおもいしかとも、武, 將より武重へ御注進ありしかは、めてたく候と御勝利を賀し申たるなる, に打入たりしを、中將殿馳向て防給ひし不とに、敵勢思ひかけぬあらての, ことありし故、その事をすまして、夕かたにまいるへきよしをことはり聞, (し、さてひやうと山まいりて候事云々とは、當時津江山の地頭長谷部信, 雄、菊池か鄰境にありなから、いまた御みかたにまいらすして、打うかかひ, りし故, け給りて候へ、なを〳く山のことよろこひ入候恐惶謹言、十月七日武重花, 其事をも御勝利を賀し申ついてに、重々よろこひ入候とは申たるなり、や, よし申て、其しるしに菊池か建立したる廣福寺に、所領を寄附しなとした, 其比豐後勢か、合志勢か、菊池, 位, 中將ノ、廣福寺ノ請ニ依リ寺領ヲ交換スルコトヲ聽ス條ニ見ユ, ○中, 〓張谷部詣經ノ擴福寺ニ寺領ヲ寄セシコトハ、十二月八日宮三, 略、, 南朝延元三年北朝暦應元年十月是月, 一一七

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  • 中將ノ、廣福寺ノ請ニ依リ寺領ヲ交換スルコトヲ聽ス條ニ見ユ
  • ○中
  • 〓張谷部詣經ノ擴福寺ニ寺領ヲ寄セシコトハ、十二月八日宮三
  • 略、

  • 南朝延元三年北朝暦應元年十月是月

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  • 一一七

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