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ち給へは、庭のまさこ池の水にかゝやきうつりて、けなから布金長者のい, ぬかく稱歎せり、抑又此庭は地藏菩薩の作也と世にいひ傳へしは、國師の, 直の筆記に、父親秀〓に再興の志願成就し、如來の尊容を寶殿にうつし、禮, にしへおもひあはされ之、人みな感しあへり、よつて此功徳をあらはし、其, を、大なな樹木をうつし植しか、庭の修造すてになりて、我は國師の徳を感, れける、國師慶讚の日に到りて、紫雲天におほひ、本尊の眉間より光明を放, して來りしそ、後のしるしにとて錫杖を國師に贈り、またその袈裟を乞て, 其後官家より當寺におさめ給ひぬ、明國の東陵禪師書述られし塔の銘、金, 讚供養の壹め、光明寺二尊院栖霞寺等の僧侶を請して、大放生會を修せら, 華の宋景濂みかとの命をうをて製をられし碑銘の文にも、此池庭の事を, 御時いつくともなく、日毎に一人の異僧來りて、手にから大なる岩をけゝ, 掛羅を受てかへりぬ、其後四條染殿の地藏尊御手に持給ふ錫杖はなくて、, た異朝の畫師の圖をるを絶海禪師に賜り、歸朝の後上皇の叡覽に入ある、, 御身に掛羅をかけて立給ふと也、彼寺の縁起にくはしく見へたる、攝津能, 庭をゑかき、關山和尚の筆をかり偈を寫し、國に歸て帝に奉りたれは、後ま, 南朝延元四年北朝暦應二年四月是月, 五一七
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- 南朝延元四年北朝暦應二年四月是月
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- 五一七
注記 (17)
- 355,651,62,2205ち給へは、庭のまさこ池の水にかゝやきうつりて、けなから布金長者のい
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