『大日本史料』 6編 6 暦応3年正月~暦応4年12月 p.60

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なる事疑ひなし、世に行はれし始は、准后の姪北畠顯統朝臣書寫の本より, シ、才卿ノ稱譽アリトイヘトモ、年尚初老ニ至ラス、蓋見聞闕ルコトアリテ、, 親房ニ乞ヒ、コノ書ヲ得テ、公事ヲ行フノ引トセラレシナルヘシ、サテコノ, に、上章は庚執徐は辰なり、南朝の興國二年實に庚辰にあたれは、當年の作, 奧書に上章執徐之春、夾鐘候豫之日、強染翰、聊以終卷と見えて、爾雅に據る, 人の號たる也、古キ號はなし、古本に官位抄或は明職なとゝ號を書たるも、, 原抄と云號、親房卿の自ら號するに非す、宋朝の職原と云書あるに依て、後, の位階を附に唐名を配當し、准大臣の條、親王公卿以下の事、女官の事、其外, 皆後人の増補也、後附を桃花老人, 後人の所爲也、篇首に百官とあれは、是を題とすたき歟、又官名の下に相當, 起れり、その奧書に正平二年十二月一日書寫之、並寫點畢、權左中辨左近衞, の御作とするも僞也、後人所爲皆, 誤あり、右壺井義知か説也、, 撰述ハアリシト見エタリ、, 〔標註職原抄校本〕上之本この抄、選述の年月を記し玉はずといへども、, 〔安齋隨筆〕前集四職原抄、北畠親房卿作也、所々國史に達たる誤あり、職, 兼良, ○一條, 増補ニ就, キテノ考, キテノ考, 題號ニ就, 南朝興國元年北朝暦應三年二月是月, 六〇

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  • 兼良
  • ○一條

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  • 題號ニ就

  • 南朝興國元年北朝暦應三年二月是月

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  • 六〇

注記 (24)

  • 306,636,64,2207なる事疑ひなし、世に行はれし始は、准后の姪北畠顯統朝臣書寫の本より
  • 1818,638,64,2223シ、才卿ノ稱譽アリトイヘトモ、年尚初老ニ至ラス、蓋見聞闕ルコトアリテ、
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