『大日本史料』 6編 7 康永元年正月~康永2年12月 p.78

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燒滅スル事、偏ニ此寺計ノ荒廢ニハ有ヘカラス、只今ヨリ後、彌天下靜ナラ, スシテ、佛法モ王法モ、有テ無カ如クニナラン、公家モ武家モ、共ニ衰微スヘ, キ前相ヲ、兼テ呈ス物ナリト、歎カヌ人ハ無リケリ、, に過たる事は例なきよしさため有て七重にて、すてに供養有へきにさた, ニ金剛九會ノ曼茶羅ヲ安置セラル、其奇麗崔蒐ナルコトハ、三國無雙ノ鴈, 影明ニ移テ見ヘケル事コソ奇特ナレ、カヽル靈徳不思議ノ御願所、片時ニ, 塔にて侍りしかとも、あまり分み過しる故にや、佛慮にそむきけるやらん、, まりたりしを、唐土にさるためし有よし、良眞座主勘申されしかは、さらは, 塔ナリ、此塔婆始テ造出サレシ時、天竺無熱池、震旦昆明池、我朝難波浦ニ、其, 承元二年に雷火にやをたりしを、建仁寺の開山葉上僧正、功國を給はりて, とて又二重をくみあけられて、遂に九重乃塔供養とかや、これは上れき御, にくり立られしかは、建保元年にくやう有しか、又康永元年にやをて、今は, 〔相國寺塔供養記〕白川院乃御時、法勝寺の塔をたてられしに、大塔の七重, ○參考太平記ニ、天正本, 云、此火災ニ依テ、同四月, ル云云, 尊崇ノ靈場ナレハ、天下ノ爲ニモ穩ナラストテ、俄ニ改元ノ御沙汰ニ及ケ, 二十七日暦應五年ヲ〓〓ヽ改テ、康永元年トソ申ケル、偏ニ是當寺ハ公武, トアリ、, 二十七日暦應五年ヲ〓嘲ヽ, 建保元年, ニ建テラ, 南朝興國三年北朝康永元年三月二十日, 七八

割注

  • ○參考太平記ニ、天正本
  • 云、此火災ニ依テ、同四月
  • ル云云
  • 尊崇ノ靈場ナレハ、天下ノ爲ニモ穩ナラストテ、俄ニ改元ノ御沙汰ニ及ケ
  • 二十七日暦應五年ヲ〓〓ヽ改テ、康永元年トソ申ケル、偏ニ是當寺ハ公武
  • トアリ、
  • 二十七日暦應五年ヲ〓嘲ヽ

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  • 建保元年
  • ニ建テラ

  • 南朝興國三年北朝康永元年三月二十日

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  • 七八

注記 (24)

  • 1430,641,72,2210燒滅スル事、偏ニ此寺計ノ荒廢ニハ有ヘカラス、只今ヨリ後、彌天下靜ナラ
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