『大日本史料』 6編 11 貞和3年12月~貞和4年10月 p.701

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〔參考〕, 〓たかふへからす、, 勘解由次官花押, 北朝風雅和歌集、雜及ビ神祇釋教ノ三部成ル、, 向あるへきにて、すてに打たゝせ給ひしかとも、道にて穴河合戰ありて、筑, 上せられし故の御興行と見えたれは、所云の凶徒は、筑後國の凶徒なるに, らされとも、此春菊池入御の初より、筑後國の凶徒らを御征伐として、御發, て御方を調略せられ、一途出來へき見きはめありて菊池に歸り、其よし言, 後の御發向の事はしはらくやみたりしか、其後頼元眞人筑後へ下國あり, 執達如件、, 御使可被相觸、其時不〓時日、同□可被馳參者、征西大將軍宮御氣色如此、仍, 來八月可被對治凶徒、今度爲大綱之間、兼爲被致用意、且所被仰也、定日重以, 〔征西將軍宮譜〕七此凶徒御對治の事は、いつ之の凶徒なるやたしかな, 二十四日, 惠良筑後權守殿, 〔五條頼元), 七月廿二日勘解由次官花押, 七月廿二日, 阿蘇文書〕, 綸旨令旨, 、己, 未, (惟澄), 凶徒御對, テノ考, 治ニツキ, 南朝正平三年北朝貞和四年七月二十四日, 七〇一

割注

  • 綸旨令旨
  • 、己
  • (惟澄)

頭注

  • 凶徒御對
  • テノ考
  • 治ニツキ

  • 南朝正平三年北朝貞和四年七月二十四日

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  • 七〇一

注記 (28)

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