『大日本史料』 6編 13 貞和5年11月~観応元年11月 p.620

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如此、仍執達如件、, 正平五年四月十日勘解由次官花押, 月五日ノ條ニ見エタリ、, 打入たるに、惟澄聞付て馳向、凶徒らを追落したるなるへたれは、三月の末, りしかとも、其後高知尾の者共、また謀反したるか、また日向か豐後かの凶, と、いつの比なりしにや、三月初旬に、高知尾の勢を引ゐて、菊池に後援した, 徒ら、高知尾の者共か惟澄に誘はれて、菊池に馳越たる、隙を伺ひて、當庄に, ○是ヨリ先、南朝、惟澄ニ日向吏務職ヲ管領セシメ給ヒシコト、去年十, 當月の初の事かにて有しなるへし、されとも去年の冬、日向の吏務職に補, 〔參考〕, 〔征西將軍宮譜〕八惟澄か、高知尾の凶徒對治として、日向へ發向せしこ, 日向國吏務管領事、綸旨案被經御覽了、早可令施行者、征西大將軍宮御氣色, 惠良筑後守館, 惠良筑後守殿, 南朝正平五年北朝觀應元年四月十日, ニ戰ヒシ, 向高知尾, 惟澄ノ日, 年月ノ考, 南朝正平五年北朝觀應元年四月十日, 六二〇

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  • ニ戰ヒシ
  • 向高知尾
  • 惟澄ノ日
  • 年月ノ考

  • 南朝正平五年北朝觀應元年四月十日

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  • 六二〇

注記 (21)

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