『大日本史料』 6編 12 貞和4年10月~貞和5年10月 p.539

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るとて、, 中務卿宗良親王, けりあたなる花は猶のこれとも、と仰たりし御返事に、, 煙と成はてゝ、跡たにもみえさりけるに、塔尾の御廟の花なん、昔なから, の色香にて、なつかしくおほしめされ々れは、同心にもみよとて、一ふさ, 比新待賢門院御まいり有けるに、藏王堂をはしめて、さなから房とも皆, て、よろ〓あはれにおほえ給ひけれは、一ふさ御文の中に入て給はせ侍, 御ふみのなかににゝみくはへられて、みよし野はみしにもあらす荒に, 御吉野はみしにもあらす荒にけりあたなる花は猶殘れとも, 新待賢門院, えはてゝ侍し、先帝の御廟もゆかしくおほしめされけるにや、三月十日, 御陵の花はろりは、むかしにかはらすさき, 今見てもおもほゆるのなをくれにし君かみかけや花にそふらん, 〔李花集〕, 吉野の行宮も、あらぬかたにうつされて後、岩のか〓みちもいとゝ跡た, 御返し中務卿宗良親工, 御返し, 南朝正平四年北朝貞和五年三月十日, 後醍醐, 年正月二十八日ノ條ニアリ, 以下ノ坊舍ヲ燒キシコト、去, 舂歌, 上, 宗良親王, ノ御返歌, 御陵ノ花, ヲ封ジテ, 贈リ給フ, 南朝正平四年北朝貞和五年三月十日, 五三九

割注

  • 年正月二十八日ノ條ニアリ
  • 以下ノ坊舍ヲ燒キシコト、去
  • 舂歌

頭注

  • 宗良親王
  • ノ御返歌
  • 御陵ノ花
  • ヲ封ジテ
  • 贈リ給フ

  • 南朝正平四年北朝貞和五年三月十日

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  • 五三九

注記 (30)

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