『大日本史料』 6編 12 貞和4年10月~貞和5年10月 p.985

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九月廿八日, 自京都被仰下子細候之間、參佐殿御方候、御同心候者悦入候、恐々謹言、, 少貳頼尚、足利直冬ニ歸附シ、書ヲ深堀時明、鮎河信ニ與ヘテ、之ヲ招ク、, 御心はなかりしなるへし、其證は、件の川尻幸俊か願書に、〓, 深堀三郎五郎殿, るは、當時將軍より新恩地の御沙汰文に、大かた某地を預ると見えたれは、, 九月廿八日頼尚(花押), 九月廿八日, 自京都被仰下子細候之間、參佐殿御方候、御同心候者悦入候、恐々謹言、, それをうけて拜預とは書たるなり、拜領を書誤りたるにはあらす、, ひしかとも、此時まては、今度の事すへて師直か所存に出たるとは、たしか, 殿御息穴延命とあるは、尊氏卿と直義朝臣との御事なるにて悟るへし、〓, に知りとをりておはしゝ故、いまた少しも、將軍を恨らみまゐらをらるゝ、, また川尻願書に、拜預とあ, 〔深堀記録證文〕, 〔松浦文書〕, 九月廿八日頼尚(花押), 頼尚(花押), 兩, 頼尚(花押), (時明), 本月二十日, 兩殿といひしも、御兄弟の事なるを見るへし、, の難太平記に、將軍は御兄弟兩御所とあるにて, 條ニアリ、, 俊, ○肥前, 了, 七, 川尻幸俊, ノ願文, 南朝正平四年北朝貞和五年九月二十八日, 九八五

割注

  • 本月二十日
  • 兩殿といひしも、御兄弟の事なるを見るへし、
  • の難太平記に、將軍は御兄弟兩御所とあるにて
  • 條ニアリ、
  • ○肥前

頭注

  • 川尻幸俊
  • ノ願文

  • 南朝正平四年北朝貞和五年九月二十八日

ノンブル

  • 九八五

注記 (33)

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