『大日本史料』 6編 13 貞和5年11月~観応元年11月 p.619

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若彼抄録本は僞作したるにてもあるへからむか、, 事なり, 發向日向國高知尾庄、對治當庄、追落凶徒之由被聞召了、忠節之至、殊所被感, 此地なる事は世に著明しかりしを、なほたしかにおもはせまほしくて、, されは彼書, 趣をもて熟考ふれは、彼法師のこゝに住し事はさたかなら〓と、古墳の, ラレ、且、南朝ノ綸旨ニ依リ、惟澄ニ日向吏務職ヲ管領セシメ給フ、, とみえたわ、これらの, 十日、, に所見なきには〓泥はらす, 思召也者、依將軍宮仰執達如件、, 、懷良親王、惠良惟澄ノ日向高知尾莊ノ敵ヲ逐ヒタルコトヲ褒セ, 〔阿蘇文書〕, して、彼古墳は此地なる〓くと定めぬ、, 正平五年四月十日勘解由次官花押, 勘解由次官花押, 南朝正平五年北朝觀應元年四月十日, 正平五年四月十日, (五條頼元〕, 信實とおもふましきとの, したるは、此地に兼好古墳のありける證にて、家集, 園太, 敢國社の事をも記し, にみえたる双岡は、壽碑なること論ふまてもなリ, こゝろしらひなるヘし、, 吉田兼好の塚にて、祟をなしゝといへる事をみたりしか、全文は記憶4, 〓は、一條まてにては, ことはいふまてもなく、多羅尾とのるも、種生の誤なり、また茶窓閑話と, かことくな〓と、新著聞集は傳聞の誤にて、好問齋の説の正しき, す、こは新著聞集にいへると同時の事なるへし、つるものにもかく記, いへる雜書にも、伊賀國種生庄にて、乾坤塚といふ塚をほり、崩しけるに, 好問齋云云と合せ考ふれは、寛文と元録と兩度塚を堀崩したる, 暦、, 午、, 綸旨令旨, (五條頼元), 甲, ト許カナ, モ墳墓ハ, コノ所ナ, 兼好ノ住, ミタルコ, ラザレド, ルベシト, ノ考, 南朝正平五年北朝觀應元年四月十日, 六一九

割注

  • 信實とおもふましきとの
  • したるは、此地に兼好古墳のありける證にて、家集
  • 園太
  • 敢國社の事をも記し
  • にみえたる双岡は、壽碑なること論ふまてもなリ
  • こゝろしらひなるヘし、
  • 吉田兼好の塚にて、祟をなしゝといへる事をみたりしか、全文は記憶4
  • 〓は、一條まてにては
  • ことはいふまてもなく、多羅尾とのるも、種生の誤なり、また茶窓閑話と
  • かことくな〓と、新著聞集は傳聞の誤にて、好問齋の説の正しき
  • す、こは新著聞集にいへると同時の事なるへし、つるものにもかく記
  • いへる雜書にも、伊賀國種生庄にて、乾坤塚といふ塚をほり、崩しけるに
  • 好問齋云云と合せ考ふれは、寛文と元録と兩度塚を堀崩したる
  • 暦、
  • 午、
  • 綸旨令旨
  • (五條頼元)

頭注

  • ト許カナ
  • モ墳墓ハ
  • コノ所ナ
  • 兼好ノ住
  • ミタルコ
  • ラザレド
  • ルベシト
  • ノ考

  • 南朝正平五年北朝觀應元年四月十日

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  • 六一九

注記 (47)

  • 1212,741,61,1502若彼抄録本は僞作したるにてもあるへからむか、
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