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〔參考〕, ○コノ後、澄明、南軍ニ黨シテ、多比良城ヲ攻ムルコト、正平九年八月二, 十四日ノ條ニ見ユ, 於矢上致忠節云々、尤神妙也、彌可抽戰功状如件、, 三日, 〔藤原有馬世譜〕1同し頃、家臣鬼塚澄明, に賜ふ感状の文に曰、, 有間彦七郎殿, 直冬、有間澄明ノ矢上ノ戰功ヲ褒ス、, 〔藤原有馬世譜〕, 貞和六年十月三日(花押, 四日, 〓興福寺、維摩會他寺探題ノ事ニツキ、請文ヲ北朝ニ進ム, □上右大辨殿, 細見状候歟御意急速可令申沙汰給候哉之由候也、〓々謹言、, 十月二日法印懷雅, 南朝正平五年北朝觀應元年十月三日四日, 十月二日, 得此カ), (花押), て有間彦七郎澄明といふ、鬼塚、, 鬼塚刑部の子にて、姓字を賜ふ, を宛行ふ書に、鬼塚刑部殿としる, ○下略、前掲, 置字とすといふ、然るに天正十五年、佐々成政より宇土郡の内五百石乃堆, 文書ナリ, 本姓は源氏にて、佐々木と稱し、家紋は四目結輪違を用ひ、名乘い綱の字〓, 酉, 乙, せり、如何なる事にやいふらし、, 戌, 丙, (花押), 九三二
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- て有間彦七郎澄明といふ、鬼塚、
- 鬼塚刑部の子にて、姓字を賜ふ
- を宛行ふ書に、鬼塚刑部殿としる
- ○下略、前掲
- 置字とすといふ、然るに天正十五年、佐々成政より宇土郡の内五百石乃堆
- 文書ナリ
- 本姓は源氏にて、佐々木と稱し、家紋は四目結輪違を用ひ、名乘い綱の字〓
- 酉
- 乙
- せり、如何なる事にやいふらし、
- 戌
- 丙
- (花押)
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- 九三二
注記 (34)
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