『大日本史料』 6編 13 貞和5年11月~観応元年11月 p.967

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有子細候哉之旨、故思給、參仕言上之間、且可令計披露給候、恐々謹言、, ともちゝけに候、いろにもいまの延引に治定候ぬとは存候へとも、さは, 候、大納言又ちとなにゝ成らんくたひれて候とて、とかく申童んし候こ, 趣頗被察候、然者鎭西無爲、大樹進發及與義者勿論、若彼進發可爲必定者, 於大禮者都難被行之由、押而被仰遣之條可爲分明、落居之基候哉之由思, 案候、且經顯卿なとも此儀無子細歟之由申候、御所存如何樣候哉、見參之, はす候、いまは、明日は、ともかくも申入候はんすらむ、宰相中將かせの氣, 時申承候つる趣も、此分御所存相違候はしと存候へとも、就此状加思案, 被仰下候旨畏承了、大禮以下事、愚存之趣、參仕言上仕了、此上延引勿論候, 之處、事々延引、還而諸人之煩倍増、不便歟之間、此一義案立、きと申合候也, 彼僧正參相待候之處、如此令申候、大禮事不申分明御返事之條、彼時儀之, 歟、延否事元來非武家可進止候之上者、今被仰下之趣、庶被仰遣之條、不可, 四條中納言殿, 大れいの事、いまたさうを申きり候はす候ほとに、あいり候にをよひ候, 十月十七日公賢, 十月十七日, 賢俊僧正状, 自院被下御書事, 公賢, 遮歟, 賢俊武家, ニツキテ, ノ形勢ヲ, 大禮延引, ノ勅書, シテ決セ, 尊氏因循, 賢俊ノ状, 答, 公賢ノ奉, 申ス, ズ, 南朝正平五年北朝觀應元年十月十九日, 九六七

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  • 賢俊武家
  • ニツキテ
  • ノ形勢ヲ
  • 大禮延引
  • ノ勅書
  • シテ決セ
  • 尊氏因循
  • 賢俊ノ状
  • 公賢ノ奉
  • 申ス

  • 南朝正平五年北朝觀應元年十月十九日

ノンブル

  • 九六七

注記 (34)

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