『大日本史料』 6編 20 文和4年9月~延文元年11月 p.700

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日はかりニ可進存候、其時又可啓候、誠恐謹言、, 姓候はて、名許にても候はんするやらん、常は正二位藤原にて候やらん、, ん、立紙ハ如常消息捻候やらん、押折事も候やらん、いつれにても立紙は, にや立候はんすらんなれは、只常樣にや候へき、彼記ニ名許凡と注候、位, 一枚候乎、前官當職事、仰旨誠其謂候、近來例も如然候はんには、不能左右, 懷〓したゝめ樣事、以同〓加禮〓封之、書名一字加立〓云々、如此候やら, 歟、嘉元、元應、貞和比ノ公卿補任、片時申請たく候、爲後所學候、載目六被下, 千五百番歌合返上候、春四又申請たく候、條々被勘付候者畏入候、愚詠明, 撰者候歟、其時は座次露顯候歟、是まては追つとめ憚候はすとも候かし、, 代々御百首人數事、先日令申候し、被注たる物候はゝ、片時可申請候、, 南朝正平十一年北朝延文元年八月二十五日, 御百首進上躰は、以使者付奉行候歟、建保如此候、只又消息なとにても遣, 十二月十九日公清, 御詠は已被進候乎、愚詠年内ニは、整候ぬとも不覺、如何仕候へき、, 入夜來語曰、御百首來, 候やらん, 延文二年正月廿七日、天晴、實夏, 方々被〓取候、大臣補任所々歟注進了、, 十二月十九日, 被守御嘉例候、不可有子細候、, ○中, 不思寄候、明春進否、未定比興候, 略, 所々歟注進了, 追可進候, 御詠は已被進候乎、愚詠年内ニは、整候ぬとも不覺、如何仕候へき、, 七〇〇

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  • ○中
  • 不思寄候、明春進否、未定比興候
  • 所々歟注進了
  • 追可進候
  • 御詠は已被進候乎、愚詠年内ニは、整候ぬとも不覺、如何仕候へき、

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  • 七〇〇

注記 (27)

  • 403,719,61,1376日はかりニ可進存候、其時又可啓候、誠恐謹言、
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